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私の魅力に気づいたら…~鬱も発達障害も思い通りだった~

「仕事でミスが続いてしまう!人間関係で上手くいかない!」など、どうしてなんだろう?と不安を感じながら生きている方もいらっしゃるかもしれません。中には、大人になってから初めて自分が発達障害だったと診断されるケースもあり、生きづらさの原因が分かったことで「楽になった!」と言われる方も多いようです。今回の彼女は、とにかく仕事が長続きしなかったのですが、ミロスシステムを理解し、自分の思い込みのパーターンが分かったことで、仕事が長続きしたり、周りの方に変化が起こりだしました。ご覧ください。

Mさん 40代 女性 【和歌山県】

同僚の変化に驚き!

今勤めているコールセンターは2年を過ぎて、数少ないオープニングスタッフの生き残りでベテランになりました。
大学時代に鬱、その後発達障害(ADD=注意欠陥障害)と診断されて、これまで仕事がまともに続いたためしがない私にとって、最高記録を更新中です。

自分の内面状態が成績や人間関係にすぐに出るため、いろいろなことがありましたが、最もありえないはずのテレアポの仕事でベテランとしてそこそこ安定した評価もいただき、この職場でミロスを伝える機会があればと考えていました。

しかし、一度トップの成績を取ったのでキープしなきゃ!と思ったらあっさり沈没、悩みごとを相談してきたランチ仲間にミロスを伝えたら猛反発で撃沈、と全くうまく行きませんでした。

そしてこの彼女はともかくですが、つながりの別の人からも露骨に無視されるようになって疲れてしまい、こういう人間関係の事なら竹原恵子講師!(笑)とカウンセリングを受けました。

この会社の同僚2人に共通するのは、《わざとらしく媚びる》
私なんて〜と《謙遜する風でプライドが高く》
被害者意識で勝手に《バカにされたとキレル》

それが、仕事にプライド持っているのに、注目されると、
たまたまです〜と下手に出て自分を認めず、周りにはそんなやり方でいいとこ取りして!などと、

《嫉妬したり被害者意識にハマるややこしい自分》と一致してしまいました。

するとカウンセリング後、無視していた後者の彼女が普通に笑って「お疲れ様〜」と声を掛けてきてビックリ。
ヒステリックで数人のお気に入りをはべらせてたのが、ニコニコと休憩室のポットを給湯室に運んでたりと別人になってしまいました。それから職場の派閥的な壁もなくなり穏やかになりました。

ここで、以前の自分がどうだったのかを振り返ってみると……

ミロスに出会う前の自分

私は子どもの頃からピアノを専門的に習い、スパルタレッスンの毎日で、プライバシーもなく、自由に外出もできませんでした。勉強好きで、音大ではなく東京の総合大学の音楽科に進学しましたが、“鬱”になり、何とか卒業したものの、大学院進学も就職もできませんでした。

“鬱”であることを父が認めず(後に発達障害と診断)責められるのが怖くて実家にも戻れず。

母がこっそり仕送りを続けてくれて、通院しながらたまに働いては燃え尽きたり、クビになってはまた“鬱”になる、などを繰り返していました。

ようやく落ち着き元気になって母校の事務のアルバイトを始めた矢先に、今度は婦人科の病気が発覚して手術をしたものの、調子を崩して、とうとう実家に連れ戻されてしまいました。

いくらなんでも娘もアラフォーなのだから、昔のようなことはないと思っていましたが、仕事も見つからずお金もないから「出かけると時間とお金のムダ」と言われ、資格の勉強やピアノのレッスンを強要されました。

その後も、何とか見つけた仕事をしましたが、2年ほどでクビになり、やがて父は定年を迎える年齢になり、心配性で鬱気質の母は、被害妄想がひどくて、私は見張られて軟禁状態のようにもなりました。

ここでミロスを知って……

それでも何とか仕事を探してみると、まずは休みが取れてすぐ始められそうな簡単なコールセンターと思っていたら、直ぐに見つけることができました。

それも市と県が地元雇用創出のため誘致したコールセンターなのです。
未経験者OKの“オープニング大量募集求人”が突然現れ、それが“税理士紹介サービス”のテレアポでした。

実は前職で税理士事務所の事務補助をしており、電話は苦手でしたが、必要に迫られて社長やオーナーさんとの電話応対の経験もあり、面接で即採用になったのでした。

そして、気が付けば、2年が過ぎていたということです。

ミロスを知った自分が、改めて、この状況を振り返って思うことですが、

「目の前の状況は自分が作っている」とするならば、

「親から支配」されていると思っていたが「自分が自分を支配していた」という事になる。

そして「この状況を自分で変えられる!」とミロスの実践(カリキュラムの受講)をするごとに変化していったのだとわかりました。

自分を認めていたんだ!

6−7月に、今度は竹原講師のLifeコースを受講しました。
その中で、他の受講生に感じるいいところを伝えるワークで、説明を聞いたところで逃げたくなり、誰のことも認めてやるもんかーーー!と思って興味もなかったことに気づきました。

Lifeコースでは発達障害のお子さんがおられる方、支援を仕事やボランティアでされてる方がおられたので、私も当事者としての体験談などを久しぶりに話しました。

するとなんとLifeコース終了の翌日。
数か月前から近くの席に新人さんが来て(見た目ギャルだけど実はアラフォーのシングルマザー)意外に真面目で気立てもかわいくて仲良くしてたのですが、話していてやたら自分と似てるな〜と不思議に思っていたら、その彼女が、実は最近ADHD(注意欠陥多動性障害)と診断されて、これまで大変だった、と言うのです。

そしてあっけらかんと「Mさんもそうでしょ?同じ匂いがするからすぐ判る〜(笑)」でした。

えっ?確かにそうだけど…ああ、そう言われたらそうかADHDか…

でも、この頃は自分の障害もあまり意識してなかったし、言われるまで彼女が障害あるとか考えたことないし、いろいろ仕事教えたりしたけど、何にも問題に感じたことなくて(実際仕事は向いていて楽しそう)ユニークでかわいくて好きだったんだけど。あれ?

私はすでに鏡の彼女を認めていて、

【好きだった!=私は私を認めていたんだ!】

と感動してたら、Lifeコースのタイトルはあまり意識してなかったけど
「自分の魅力がわからないあなたへ」〜見事な着地でした!

問題にしなくなったことで変化が!!

そして彼女はこれまで心理学などいろいろ勉強していたということで興味を持ってくれて、この頃はミロスの本やパンフレットも貸してるのですが(センスいいです!)。

間の席の人も子供がグレーゾーンで子育てに悩んでいて、彼女とのやり取りを聞いて何の本?と言うので、説明が難しいけど何か読んでみる?とたまたま持ってた絵本を見せたところ、

「下の子供が小さい頃に不思議なこと言ってたの、ほんとに選んでくるみたいなのよ!借りていい?」と驚きの展開に。それを聞いていた周りの人も興味ありそうで、自然に伝わりだしました。

私は大人の発達障害が認知されない頃に診断されて苦労して、先駆者?として頑張らないとと思ってもどうにもならない時代でした。

やっと公的支援が始まった時には障害者手帳を取っていなくて今さらと思い、同じ部署の障害者枠の人を見ても希望を持てませんでした。

当事者が動かなければどうにもならないと思いながらもあきらめきった頃に、
ミロスに出会って、ミラクルな社会復帰をして実践を続けて、変なマイノリティのプライドや被害者意識を忘れて問題にしなくなった時に、いつの間にかこんな世界になっていました。

これが私の2021年7月の奇跡、やっとここから新しい創造が始まる気がしています。

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