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ある日突然、家族の誰かが認知症になったらどうしますか?「精神的・肉体的・時間的な負担」・・・本人や家族にとっても切実な問題です。核家族が増える現代では、在宅での介護は困難な状況かもしれません。今回ご紹介するのは、介護のプロである女性が、実の父の認知症に悪戦苦闘したのですが、システムによってある捉え方が出来たことで、すっかり楽しい介護生活に変わってしまったというお話です。


 鶴田 美貴子さん 50代 女性【兵庫県】

認知症が受入れられず…

認知症が進行し徐々に何もできなくなる父。そんな父の姿を見て感じることは、
“惨めで可哀想な父?”
“幸せな人生だったのか?”などなど・・・。

父は次第に『暴言・暴力』も酷くなり、医療のプロである母と、介護のプロである私のはずが・・・。

「なんで?どうして?あんな事もこんな事もできた父なのに・・・」と全く父の認知症を受け入れられずに、
悔しさと寂しさ』『後悔と罪悪感』の毎日でした。

そんな時に、ミロス実践コースのカリキュラムを受けて、子供の頃に父に感じていたことは、
“無責任を嫌い、責任に傾く”ということしかなくて、それが私の人生のパターンであったことが分かりました。そして父の存在をも、そのまま受け入れてなかったことを、ミロスシステムを通してハッキリと理解する事ができました。

父が優しくなった…

すると、“暴言や暴力”を振るっていた父はビックリする程、物静かになり優しい顔に変化し、
「おまえも大きくなったなぁー、何歳になったんや?」と話すようにまでなり
「もう52歳よー」と言うと、目をまん丸にして「え?それは嘘や!そんな訳ないやろ」
とニコニコしながら私を見ていました。

 また、母にも「お前、何歳になったんや?」と聞き、母が「もう82歳の婆さん」と言うと、
父は口をあんぐりと開けビックリして、ゲラゲラ笑うのです。

私が子供の頃、両親はよく喧嘩をしていました。
その度に家庭は不穏な感じになり、
『なんて仲が悪い夫婦なんだろう、私の家には家族団欒は無い!
と思っていました。

認知症が家族の絆をつなぐ…

しかし父が認知症になったことで、父と母が手を繋いで歩く姿や、母が父の為に食事を食べさせてあげる姿は仲睦まじい夫婦の姿でしかありませんでした。

施設で過ごす時の父はスタッフとも仲良しで、ゲームをしたり、歌を歌ったり、楽しそうに過ごしていました。
家ではお風呂に入るのも嫌がるのですが、施設では喜んで入っていたそうで、お風呂に入って帰って来た日は「今日は温泉に行って来た」と嬉しそうに話すのです。

母が迎えに行くと「待ってたよ、一緒に帰ろう」と嬉しそうに母を見つめ薄っすら涙ぐんでいました。
時々、「オレは、何もかもできなくなって、情けない」と泣く父。

世間では、家族の誰かが認知症になると、本人も家族も介護疲れから様々な事件に繋がることも少なくありません。
しかし、ミロスシステムにより父の人生を理解することで、今まで全く見ていなかった父の本来の姿をたくさん見ることができました。

 身勝手で無責任な父だとしか思えず、父を嫌い、認知症になってからも『暴言や暴力』を振るう父を更に嫌っていました。父の認知症の姿は“愛と感謝”を知る体験だったということ。

 いつかは来てしまう父とのお別れの時に、その『恐怖・不安・後悔』などの感情を、
Lifeコースの空間で素直に話させていただくだけで、
『どれだけ父が家族の為だけに生きてくれて来たのか!?
『どれだけ私達家族を愛してくれていたのか!?』を知ることができました。

そしてどれだけ私が父の事が大好きで愛していたのかを知り、
同時にそれは“自分自身を愛すること”でもあると理解できました。

父とのお別れのときがくる…

父は時々、生まれ育った三重に「そろそろ帰ろう」と言い、
母に「お前には散々苦労をかけて、世話になったなぁ〜」と話す父。

体調が良い日を見計らって、三重の家へ父を連れて帰ることにしました。
起きているのが辛いと寝ていることが多くなって、食欲も無い父でしたが、
その日は朝からしっかり朝食も食べて、弟の運転する車で母と4人で、父の兄弟全員に会いに行きました。

終始笑顔で会話も楽しみ、父の幼馴染にも会い、帰りには食べに行きたいと言っていた鰻屋さんへも行き、4人で楽しく食事をして家へ戻りました。

次の日から、父の容態がどんどん悪くなり、自宅酸素をするほど弱ってしまいました。
そんな中、体調が良い時は会話もでき、
父に『父の娘で生まれたこと、父の娘で私は幸せだったこと、父のことが大好きなこと
父に伝えたいこと、全てを直接話すことができました。

東京から急遽、駆けつけた姉と一緒に夜は母と4人で父の側で過ごし、
父は母に「一緒に死んでくれるか?ワシ明日死ぬから」などと言う父。
母は「私はまだまだやる事があるから一緒は嫌よー」と言うと
父は笑って「そうか、そしたら仕方ないなぁ〜」と・・・。
私と姉が「えー私達は、お父さんがいないと経済的に困るんだけど」

 そして次の日は、私は北海道に出かける予定でした。当初は行くことを諦めていましたが、父は朝から顔色も良く、朝食にプリンを食べて、水分も取れて、血圧、酸素濃度も落ち着いて体調も良さそうでした。

なので母も「もう十分お父さんの側に居てくれたし、お姉ちゃんもいるから、お父さんは大丈夫よ!北海道楽しんで来なさい。」と言ってくれたので、

父にも「明日帰って来るから待っててねー、お父さん大好きよ」と話すと、にっこり笑って、
父は「わかったよ、行っといで」と手を振ってくれました。

空港で手続きを済ませ、出発直前に母から父が亡くなった連絡が入りました。
その瞬間、不思議と全身の力が抜けて、なんともいえない安堵感でした。

父と過ごした数ヶ月、私達家族に『後悔と罪悪感』が残らないように、私達家族の為に生きてくれて、
私達が父にしてあげたかったこと、全てを叶えさせてくれて旅立ちました。

父への感謝を感じる…

過去の間違えた思い込みから創り上げた、父は無責任な人!最悪だと思ってきた家族は消え去りました。
最期まで家族想いの家族の為だけに生き抜いた責任感のある父となり、父への感謝を更に感じる事ができて、愛が溢れる真実の世界が目の前には広がっていました。『不安・恐怖』の無い安心の空間にとても癒されました。

父を見送る日、家族全員が揃い、孫達が父と一緒に過ごした、たくさんの思い出の写真が飾られて、
『愛と感謝』が溢れるとても温かな葬儀となりました。

もし、ミロスに出会っていなければ、父の想いを理解することなく、『憎しみ・怒り・後悔や罪悪感』でいっぱいのまま父とお別れをしたでしょう。

ミロスのある看取りは、家族全員が“愛と感謝の溢れる”素晴らしい体験をさせて頂きました。

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