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マイナスを受け入れるという奇跡~惨めさ嫌った生き方の行く末~

夫婦が離婚をする上で1番気になるのが「子供の気持ち」ではないでしょうか?離婚したことで子供の心を傷つけたり、寂しい思いをさせたりと心配される方も多いハズ。でも子供は親が笑って過ごしてくれることをいつも望んでいます。今日ご紹介する彼女の場合、突然の出来事に驚かれた子供のころ、自分を認めることで、ようやく仕事でもプライベートでも新たな展開が…。彼女の変化をご覧ください。

佐藤 茜さん  30代 女性 【愛知県】

ある日、突然 ……

わたしの家族は父、母、5つ上の兄の4人家族でした。

中学3年の時、ある日突然に母親が帰ってこなくなり、全て母に頼りっきりの依存する人生だったので、絶望的に泣き崩れ、毎日、母親の帰りを待ち途方にくれた日々。

それまでの両親の日常は、金銭的な言い合いが多かったイメージ。

母に対して父の口癖は「うるさい!だまれ!しゃべるな!」

そんな閉ざす父親に嫌気がさしていた母親。

もっと沢山話し合えていたら……

全ては父親のせいだ!

でも心の何処かで、私を置いていくって事は、わたしのことを嫌いになったから、いらなくなったんだと思い込んでいました。

その後、郵便の紙切れ一枚で離婚が決まり、
その体験から感じた父親の惨めな姿と自分の姿。

わたしも父にも、こんな惨めな思いは2度としたくないし、してほしくない!と甘えん坊で弱く、惨めな自分に蓋をして、強制的に自立せざるを得ない強がる人生へと進んでいきました。

父も兄も忙しくて……

兄は勉強もスポーツも優秀で性格も穏やかでお利口さん。

女の子だけで、とても可愛がられて育った私とは反対に、男の子というだけで、厳しく育てられた兄。

兄は私のことを羨ましく思っていた時もあり、私も優越感をもっていました。

小さい頃まではそれで良かったけど、兄がどんどん優秀になればなる程、皆から可愛がられている姿を見る程、やがて立場が逆転していくように感じていきました。

わたしは勉強も好きじゃない、わがままで感情的、
女の子は結婚できればそれでいーんだよ。

何処かでわたしは期待されない子。

「ふんっどうせ私はできそこないさ!」
っとグレていく一方で、感情的に表現する事か引きこもることしかできず、母親もいない、父親も仕事で出張が多く、兄も大学にバイトに家におらず、その寂しい思いは、友達と過ごす事にスライドしてどんどん非行に走っていきました。

でも友達と過ごす事で本当に支えられたし、かけがえのない親友や友達ができました。

父親と二人:苦しい生活

悪い事をする事で少しでも父親に見てもらいたくて、アピールするも、全く怒らない父親がいました。

そんな父親に対して、どうせ何をしても関心をもってもらえない、愛されない、わたしには興味なんてないんだ……と間違った思い込みを持ちつつ時は過ぎ、兄はやがて良い企業に就職し結婚して家を出ていき、遂に父親と2人の生活が始まりました。

・二度と惨めな思いはしたくない!
・マイナスがあってはならぬ!
・わたしが父親を育て直さなきゃ!

と”間違った思い込み”の正義感で作った苦しい生活がスタートしたのです。

だらしない所は徹底的に注意し、何でも自分でできるように、父親、わたしどちらにも厳しくなっていきました。

恋愛:惨めな自分を認められず!

その厳しさゆえに恋愛面となると…

自分から好きになる人にはマイナスを一切見せる事ができず、裏切り、二股、結婚してる事を秘密にされていたり、悲恋の繰り返しでした。

好きになられる人は、付き合ってみるもわたしが好きになれず、相手を振り回しているようになる。

そんな2つのパターンを繰り返していました。

まさに仕組み通り、自分の裏の感情を切り、嫌な自分の思いを存在させず、外側の相手に合わせてばかりしてしまう。
その行為こそが全く自分自身を大切にしていなかった。

恋人から受けた裏切り行為は、まさかの自分への取り扱いでした。
二股されてるにも関わらず、物分かりの良いクールな女のフリ。
まさに自分自身への裏切り行為。

本音はそんなことされて嫌に決まってるのに、それを認めたくなかったのはなぜか??

あの時、母親を失った惨めな父と同じだからです。

それは私にとって強烈なコンプレックス。

自分の男性性の惨めな姿と自分の姿と一緒になる事を認めたくなかったと理解できたのです。

自分の取り扱いを知る

それを知る為に彼が必要でした。

彼もまた「好きな人とは一緒に居られない、どうでもいい女とは一緒にいれるのに、大切な人とは居られない。」と離れる時に話してくれました。

まさに私も彼も、自分の隠した半分を見せる恐怖があり、同じ傷で引き合っていた事を改めて理解する事ができました。

これは、とてもとても大切な体験でした。

カリキュラムに触れる事で、こうして自分の嫌ったマイナスこそあっても良かったとどんどんゆるんでいき、

頑張っても頑張っても埋まる事のない思い。

これまで愛されたい認めてもらいたい、誰かに救ってほしかった。
実はこの思いこそ、全て自分が自分に対してしてほしかった事。

そうやって自分への取り扱い方を知り、これまで感じないようにしてきた繊細な想いにも耳を傾けれるようになり、存在させてあげる事の大切さを知れました。

わたしは元々【パーフェクトな存在であった事】

自分だけは、どんな自分も寄り添い理解してあげる事。

やっと自己信頼に戻る事ができ、この人生、自分で良かったと感じられる奇跡。

そして元々愛されていた事を受け取れるようになりました。

父:ずっと見守ってくれていた!

父親との関係は、180度変わって、当時の悪い事をしていた時、何故、怒らなかったのかを聞くと
「あかねはいつか解る子だと思っていたから、何も言わなかったんだよ」

そこには間違いなく父親の見守る愛があったのです。

言うのは簡単だけど、あんなにもグレていたわたしでも、父はずっと信じて見守り続けてくれていたんだと理解できた時、涙が溢れました。

男性性の大きな大きな深い愛が自分の中にもあるんだという事を知り、

今では父親にも頼り、頼られ、マイナスの感情もプラスの感情も丁寧に伝え合えるコミュニケーションになり、昔できなかった事が今ではすっかりできる親子になり、パーフェクトな父親がここにいます。

お互いに自分の存在に罪悪感を持っていたがために、お互いに厳しくなり、父はすぐに部屋に閉じこもり扉はずっと閉じたままでした。

今では、その扉が開いたままになっています。
私たちのハートがやっと開いた証です。

母:愛してくれていた!

母親とは出て行ってしまう前から元々仲が良かったのもあり、大人になってから繋がる事ができ(これも奇跡です)

許せない感情や寂しさ深い思いを母親に沢山沢山伝えさせてもらったし、聞いてもらいました。

自分の事だけではなく、母親にも色んな苦しい思いがあったし、愛ゆえに罪悪感を深く背負って生きてきた事、その自分を許す事ができない母の思いを、私自身が感じていたんだと理解でき、

離れていても子供の事をずっと思っていた事、愛してくれていた事を感じ受け取れました。

こうして書いている今もまた涙が溢れます。

わたしは間違いなく父親からも母親からも愛されていたし、愛されていないわたしはもうどこにもいません。

今では、母とはまるで親友のように連絡を取ったり会ったりできる関係になっています。

兄:比較の傷も消えて

さらには、兄妹間に起きていた比較の傷は、仕事面でいつも優越感と劣等感として現れていました。
わたし自身の内なる優劣を超えていくと

今の会社の社長からの感動的な言葉を聞く事ができました。
「あなたは居てくれるだけで存在感があり、華がある、学歴なんて関係ないよ、あなたとゆう人を見て一緒に仕事がしたいと思っている」
存在しているだけでいい。

自分の存在を認めると……

自分の存在価値を改めて感じさせてもらうと、
驚くような仕事条件、給料のサポート、必要な資格のサポートも頂き、会社からも愛され優遇されるようになりました。

そして今、新たに、ありえない仕事のオファーが海外から舞い込んできて、どうするかはこれから検討しますが、海外での仕事や生活する夢もずっと前から持っていただけに、このプロセスに驚きです。

ミロスに出会わなければ、どれもこれも有り得ない事ばかりです。

これからもどんどん自分自身を知り、永遠のパートナーと出会い、仲間と共に楽しんで発信、表現をしていきます!

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