大人になるにつれて、どうせ言っても仕方ない!と諦めて生きてきた人って、世の中には多いのかも知れません。目標が大きすぎたことで夢で終わったり、もしかしたら失敗を恐れすぎたのかも知れません。彼女の娘さんは、進路のことなど親と話すきっかけが掴めなくて、悩んでいました。ですがそれを自分に向けてみると、自分も同じように話せなくて、諦めていた自分に気付いたのです。何故彼女は諦めていたのでしょうか?答えは本文でどうぞ!
S さん 50代 女性 【山梨県】
Lifeコース1回目で出た宿題
「愛してる」を大切な人に伝える、がありました。「愛してる」って、よくわからない。
やらないままになっていましたが、そういえば、ミロスのことを夫に話したことがない。
朝、突然神社に行きたくなり、近所の産土神社で夫と出会えたこと、土地を与えてもらったことの感謝を伝えると同時に、「夫を通して自分を知り、内なる男と女の結婚を成しました」とお詣りしました。昼前に帰宅した夫と2人で外出し、最近の娘のことをきっかけに、夫とのやり取りが増えたことが嬉しい。
ミロスという新しい考え方を日常に取り入れて、娘や夫とのコミュニケーションに生かしていること。それによって、母との関係性が随分変わって、自分の心持ちが軽くなったこと。などを話しました。
神社に行って、夫婦のことをお詣りしてきたと話しながら、ふと、Lifeコースの宿題のことを思い出し、その瞬間、私の口から出たのは「もう一度、私と結婚してください」でした。自分でもその言葉にびっくりしたのですが、「そうだ、わたしはずーっと目の前にいる自分を抹殺してきたんだ。わたしは、この目の前にいる人から逃げないし、この人を通してやっていくんだ~、そうだ、そうだ!」と思ったら、腹の底から力が湧いて、彼の手を取っていました。
彼もびっくりしつつ、笑いながら、手を握り返してくれました。
時間がある時に目を通して欲しいと、私がミロスを知った頃に読んで、とても印象に残っている、実証例が載っているRossco’s Eyesのページを彼に送りました。
後日、一連の流れを話したわたしに、田坂講師とのカウンセリングで、こんなコメントが。
「自分を知るために夫の話を聞くことは大事だけど、目の前の人とやるのではないよ。目の前の人はいない世界。鏡の中で一番綺麗に映すのが夫。中心はあなた。」
そうだ、そうだ!
遠慮なく私を映し出してくれるのは、夫。私が私の宇宙の中心に立った時に、夫とコミュニケーションが取れていく。私の船の舵取りの微妙なズレが、しっかり訂正された感覚がありました。
Lifeコース4回目:娘と自分が同じ
娘が、初めて話してくれたことを、シェアしました。高1~高2にかけて、クラブ活動も勉強も友達関係もうまくいかない「負の連鎖」だった。クラブ中、何度か過呼吸になって苦しかった。食べても食べても満腹にならず、ひたすら食べ続けてたけど、コロナで学校もクラブもなくなって、落ち着いた。調べたら、自分はHSPだと思うことがある。初めて聞く単語HSPを調べたら、いわゆる「繊細さん」だと思ったのですが、あれ?そういえば。
わたしは高2の時、周囲の目、人の声に極度に敏感になり、外に出るのも恐くなり、学校に行けなくなりました。
わたしは反抗期もなく、3歳年下の弟が家庭内暴力で荒れていた時期でもあり、自分の心の内を両親に話したことはなかったのですが、もう限界、とついに母親に話してしばらく学校を休み、2回ほど精神科に通いました。薬を投与されましたが、親との関係性が1番の原因です、と言われた両親は、びっくりしたようでした。
あの時のわたしと、目の前にいる娘が、重なって見えました。目の前の娘を、自分の過去の残骸?としか見てなかったわたしですが、講師が言ってくださったのは、今、わたしの娘を思う気持ちと、あの時、母がわたしを思う気持ちが一緒。その視点は、講師に言われるまで、全くありませんでした。
間違った思い込みが外れると
当時のことをじっくり振り返ってみました。同居している祖父は、精神的な落ち込み・煩いを全く理解できないだろう、娘の状況を、祖父に気づかせないようにしなければならないと言う母の言葉を聞いて、これ以上、親を困らせてはいけない、とその時思ったと同時に、やっぱりわたしのことより、世間様の目や自分が人にどう思われるか。
そっちが気になるのね、と思いこみ、ますます親子関係をあきらめていました。
でも、世間様の目、自分が人にどう思われるか、気にしているのは、そもそも私だったじゃないか。
周囲の目を気にするあまり、学校に行けなくなるほどだった私がいたじゃないか~。母じゃない、私だった!
本当に、なんて偏った見方しかしてなかったんだろう…椅子からずり落ちそうでした。
母は、「あなたのことをほっときすぎた」と言ってましたし、父母がわたしのことを話し合い、無口な父は、必死で会話の糸口を見つけて、わたしに声をかけてくれてました。
家族で過ごす時間を持とうと、伊勢旅行も企画してくれました。祖父の病院の付き添い、家業の呉服屋、父と腹違いの弟家族との関係、過干渉な親戚、弟の反抗期…など、母はいっぱいいっぱい。わたしのことをかまう余裕などなかった中、両親はわたしへと気持ちを向けてくれました。わたしが受け取ってなかった!今回、初めて、両親の想いを受け取ることができました。
愛って受け取ってあげないと存在できないんだー!
「愛されてない」思い込みで器が小さくて、受け取れなかったんだなぁ。
私の中の女性性は、瀕死状態だったんだなぁ。4回目Lifeコースが終了した数時間後。
高校に提出していた大学の推薦が決まったと娘からLINEが入りました。東京の大学にしか行かないと言っていましたが、わたし達と話す中で明確になりました。
何がしたいかわからない、と最初は混乱していましたが、もう学部にこだわる必要がない。自分は福祉の資格そのものよりも、福祉政策とかコミュニティ政策に興味があるんだなぁ、と模索する中で選んだ学部でした。夫に、この流れに何か感じてることある?と話しかけてみたら、普通の一般入試なら、アイツの成績では到底受からない大学。それが指定校推薦で行けるなど恵まれすぎてる環境。
一般入試で最後まで努力して初志貫徹貫く友人を見て、アイツは自分はダメ人間と落ち込んでるけど、気持ちを楽にして過ごせるんだから、これでよかったんじゃない?と…。
夫は高校生の時は、あまり勉強せずで、やりたいこともなく、学費の安い国公立を選んだ経緯があります。やりたいことがない状態は、何も問題がない、やっていく中で見えてくると。私はやりたいことを見つけて大学を選んでいる娘の友人がまともなイメージを持っていました。それもわたしの正しさだったんだな~。こんなところにも、正しさで自分を縛っていました。
娘が、下宿するなら京都のおばあちゃん家がいい、と言ってきました。現時点では、どうなるかは決まってませんが、母、私、娘の新たなリレーションシップを築いていくチャンスになるんだな、と思っています。
自分に与えたものの大きさ
Lifeコースの空間に入ることは、自分に愛を与えた。
「愛せた」というスタートから、愛せないものを出していくんだよ、という講師の言葉のとおりでした。
嫉妬や劣等感に苛まれている真っ最中、と他の方がお話されていても、それが丸ごと美しいエネルギーにしか感じられない。
参加者10人、全てが鏡。私の無意識。
一人一人が女神にしか見えず、なんと愛おしい存在であることか!
ミロスの空間に入ると、あんなにマイナスに見えていたものが、全く違って見える。
わたしの中の男と女にもーっと触れたい。
夫を通してそれをやっていく、と決めて、その気持ちを伝えることができたLifeコースでした。