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子育てを終えた後の再婚は、世間では「第二の人生の始まり」として祝福される一方で、実際には多くの難しさを伴うものとして認識されています。特に、再婚によって新たに築かれる家族の形は「ステップファミリー」と呼ばれ、それぞれが異なる人生の歴史や家族関係を持ったまま関係を築いていくため、単なる結婚以上に繊細な理解と時間が求められます。

若い頃の結婚が「共に人生を築いていく関係」だとすれば、子育て後のステップファミリーは、「すでに築いてきた人生同士が出会い、重なっていく関係」です。そこには生活習慣や価値観の違いだけでなく、親として生きてきた時間や、子どもとの関係性も含まれます。だからこそ再婚は、理想だけでは進めない現実的な難しさを持ちながらも、それでもなお共に生きることを選ぶ。この再婚と子育ては、私たちに「人が本来持つ力」と「関わりの本質」を教えてくれる体験となったのです。

Kさん 60代 女性【兵庫県】

再婚という、想定外の選択

2011年2月2日。
それは、私達が再婚した日です。
あの日から、気づけば15年という月日が経ちました。

当時私には、介護中の実母と長女と長男がいました。
離婚して一人での子育ても終わり、やっとほっとしたのも束の間、母の介護も始まっていた頃。

その頃は
「今更再婚して、また子どもを育てる」なんてことは、全く考えてなかったです。

まさかの想定外の出来事。

それが思春期まっただ中の、中学2年の女の子と小学4年の男の子がいる人との再婚でした。

まして、その男の子は、世間では、育てにくいと言われる、
発達障害(アスペルガー)だと…。

普通なら考えられないのも当たり前の話。

もう一度、子育てを

同じ夫と2度も離婚もしていて、引っ越しも何度もして、子ども達に迷惑を掛けたこともあって。

その上、今度はいきなりの再婚の話…。

兄には、反対されました。もう一人で十分生きていけるのに、
「なにを今更、子ども二人を育てるなんて!!」と言われました。
「急だから何か騙されてるんじゃないか!」というような意味合いの驚きの発言もありました。

息子からも、
「自分の時は、学校も家も引っ越さずに中学を卒業できたけど、あの子たちは、学校も家もどちらも変わる」
「年齢的にも難しい時期やから、良く考えてあげて欲しい」
 そんな言葉をかけられました。

それでも、私たちは、もう決めていました。

「もう一度、子育てをしよう」
やり残したような複雑な思いがあったからだと思います。

以前の結婚で、なぜ頑張っても上手くいかなかったのか。
その理由が分からないまま、やり残した思いがずっと残っていたからです。

考える間を与えないほどのスピード再婚をしました。

二人で育てる、という覚悟

再婚するにあたって
ミロスシステムを学んでいるもの同士であること。
方向性は同じであること。
それが一番の安心材料でした。

当初は、正直へこたれそうなことがありました。
ですが、ずっと夫は「この土俵から降りないから!」
と言ってくれました。

我が子を育てた時は、それこそ長女から「DV母さん」と言われるほど、感情的に子育てをしていました。

でも、今回はそうはいきません。

私たちは、二人で子育てができたと思います。
とにかく話し合い、子どもの言葉をじっくり聞き続ける。
泣いてごまかすこともありましたが、その涙の理由も聞く。

子どもを信じる!!
それは同時に、自分を信じることでもありました。

神戸で始まった、新しい生活

彼が京都から神戸へ引っ越してきたのは、小学4年生のとき。
特別支援学級に入り、「とりあえず学校へ行くこと」が目的の日々でした。

そんな彼に変化が訪れたのは、小学5年生のとき。
地元の少年野球のチームに入り、監督の言葉に少しずつ耳を傾けるようになった頃からです。
友達もでき、チームで過ごす時間が増えるにつれて、彼の中に“社会との関わり”が少しずつ育っていきました。

人との関わりが最も難しいと思っていた協調性が乏しいとされる部分が、野球というスポーツを通して自然に育まれていったように思います。

「ダメなことはダメ」と伝える日々

3歳のときに「アスペルガー」と診断され「怒らないで」と言われて育った彼。
「怒ると全人格を否定されたように受け取るから、まず受け入れてください」と。

父子家庭だった頃は、ほとんど怒られることもなく、自由気ままに過ごしていたようです。

ところが私と再婚してからは、初めて「ダメなことはダメ」と言われる生活。

きっと彼にとって私は怖い存在だったと思います。

けれど、私たち夫婦はとにかく彼の言葉を聞くことに時間をかけました。

神戸に来た頃は、私の母が介護状態のため、家には頻繁にヘルパーさんが出入りするような状況、そのヘルパーさんに対して自分の言うことに賛同してくれないと、蹴ったり暴言を吐くことがありました。
そんな時は
「どうしてそんなことをしたの?」と、何度も何度も丁寧に聞く。

それを積み重ねるうちに、彼の中に少しずつ、「話すことで理解される」「ダメなことはダメなんだ」と感じられる感覚が育っていったように思います。

自分で選び、歩く力

中学進学の際、不安を口にする学校側とも話し合いを重ねた結果、本人の強い意思を尊重し、最終的に普通学級への進学が実現したのです。

彼の「野球がしたい!」ただその強い思いだけでした。
勉強をしたいというより、とにかく野球部に入りたかったのです。

中学に入ってからは、野球部に入り、朝の練習から元気に参加。
大きなお弁当とお茶を担いで、一度も休むことも遅刻もせず、毎日学校へ通いました。
学校生活は本当に楽しそうで、私たちは胸がいっぱいになりました。

当然、中学の通知表は「2」が並んでいました。

やがて高校進学の時期になると、こんどは「公立高校に行きたい!」と言ってきました。
自分で行きたい塾を探してきて、夏休みから毎日塾に通い、塾が休みの時は図書館に行って猛勉強。

通知表の5教科を「2」から「3」へと引き上げ、見事に希望の公立高校へ合格しました。

後に、その時のことを、「今までの人生の中で一番勉強した!」と言っていました。

しかし高校2年生の時、ちょっとしたトラブルで暴力とみなされ、謹慎処分を経て退学に。
そのときも、「高校だけは出たい」という彼の意思は揺るぎませんでした。最終的に夜間高校に編入。

昼間はアルバイトをしながらの生活でしたが、遅刻や無断欠勤も多く、バイト先を何度も変えました。
けれど、働く中で少しずつ社会のルールを学んでいったように思います。

こうして多くの方々や先生や友人に支えられながら、無事に高校を卒業することができ正社員となり働くことが出来ました。

コロナ禍では

高校3年生の途中頃だったと思いますが、こんなこともありました。
夜間学校に入学してから18歳のときに、一人暮らしを始めました。

コロナ禍で、思うように外出できず、友達と遊びたいときに遊びにいけなくて、いつコロナに罹患するかわからない状況があって、我が家には赤ちゃんも同居していたため、何度も話し合いを重ねた上で、自立してもらうことを提案しました。

もしどうしても無理になったら戻ってきたら良いし、一旦一人で生活してもらうことになりました。
きっと、主人にしたら苦渋の決断だったと思います。

最初は不安もありましたが、金銭感覚もしっかりと身につき、正社員になってからは会社の住宅支援を受けて、ワンルームマンションへ入居。

イロイロなアルバイト経験があったお陰で、遅刻や無断欠勤もなく、「ブラック企業や!」と愚痴をこぼすこともありますが、上司やお客様からの叱責にも怒りをぶつけることもなく、仕事の大変さや生活のありがたさを、身をもって理解し成長しました。

今では「〇〇円貯金したよ」と嬉しそうに報告してくれるようになりました。

たまに家に帰ってきたら「ただいま」と明るく玄関をくぐり、何気ない食卓を囲む時間を、本当に嬉しそうに過ごしています。もちろん主人が一番うれしそうにしています。

神戸に来た頃は、
「この子は大人になってどうなるのだろう」「働ける日がくるのだろうか」と不安がありました。けれど今は違います。

子育ては本当に面白かった。今は心からそう言えます。
あっという間に過ぎた日々ですが、そのすべてが愛おしい時間でした。

ミロスに出会ってからの再婚だったので、夫婦で子どもとのコミュニケーションを何より大切にしてきましたが、
振り返ると、野球というスポーツを通じてまわりと関わり、協調性を育めたことも、大きかったと思います。

学校の友達、野球部の仲間、監督やコーチ、職場の上司や同僚、そしてもちろん家族。
多くの人との関わりの中で、彼の人格は育まれていきました。
話すこと、聞くこと、そのすべてが、彼の成長を支える大切な力になったと感じています。

彼の中に“自分で選び、自分で歩く力”が育ったのだと感じています。

お陰で、私たち夫婦も、どんなときでも、
彼の意思を聞くことが出来て、また話すことが出来る大人に成長できたことを誇りに思います。

※あとがき

再婚は一般的に難しいものだと言われています。
環境の変化、親子関係の築き直し、そして互いの過去。
とくに思春期の子どもや発達特性がある場合、不安や衝突が多くなるのも無理のないことです。

しかし彼女たちは、子どもを変えようとするのではなく、
一人の人として尊重し、話を聞き、信じることを大切にしてきました。

その関わりの中で、彼は自ら選び、自ら歩く力を育てていきました。
そしてそれは同時に、彼女たち自身が、親として、そして一人の人として成長していくプロセスでもありました。

再婚だったから難しかったのではなく、
再婚だったからこそ、「どう関わるのか」という本質に向き合うことができたのです。

人は、信じられたとき、自らの力で歩き始めます。
この子育ての歩みは、人が環境によって決まる存在ではなく、関わりと意識によって本来の力を発揮していく存在であることを、静かに示しています。

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