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「好きなことを仕事にする」ことは、決して簡単ではない。 それは理想論でも、現実逃避でもなく、 生きることをどこまで真剣に引き受けるのかという選択でもある。

この体験は、夢を追いかけて成功した物語ではない。 高い年収や社会的評価を手にしたその先で、 それでもなお浮かび上がってきた 「自分は、どう生きたいのか」という問いと、 真正面から向き合うことになった一人の男性の記録です。

安定か、自分らしさか。 評価か、感覚か。

多くの人が無意識のうちに先送りにしてきた問いを、 彼は自分の人生そのものを使って引き受けることになった。

これは転職の話ではない。 生き方の軸を、どこに置いて生きるのかという、 社会への問いなのだと感じます。

Kさん 30代 男性【茨城県】

「好きなこと」が分からないまま大人になった

「好きなことは何?」
「将来はどんなことをしたい?」

小さい頃から、この手の質問が苦手だった。
自分の内側から何かが湧き上がる感覚を、ほとんど持ったことがなかったからだ。

だからいつも、
“他人から見て良さそうな答え”を選んだ。
何かを得れば、好きなことが見つかるかもしれない。
選べる選択肢の中で、一番を取れば間違いないだろう、と。

どれだけMIROSSに触れても、
自分の「心の源泉」だけは分からなかった。
だからまずは、社会的に「良い」とされるものを
一つずつ手に入れていく生き方を選んでいた。

社会的成功の先にあった違和感

昨年、勤めていた政府機関を離れ、民間企業へ転職した。
平均年収は1400万円。
赤坂で一番高いビルから世界を見下ろすオフィス。
国会議事堂、皇居、丸の内、六本木、虎ノ門・・・
東京の一等地を一望しながら働く日々。

住まいは港区。
部屋の窓からは東京タワーが見え、
虎ノ門ヒルズも麻布台ヒルズも徒歩圏内。

これで、
自分を認められない“穴”は埋まるのだろうか。
心から「好き」と言えるものが、見つかるのだろうか。

夢や希望、人生への熱意を感じたことがなかったから、
どこかでそんな期待を抱いていた。
けれど、実際はまったく違っていた。

体と心が叫んだ「ここじゃない」

新しい会社に行くたび、
体中の細胞が「ここじゃない!」と叫んでいる。
その声が頭の中で反響し続け、
約1ヶ月、眠れず、食べられず、
食べても吐き気がして戻しそうになる日々が続いた。

苦しくて分からなくて、毎日が色褪せていく。

何もない自分を埋めたくて、必死に努力して、求めて、掴んできたはずなのに。

手に入れても、
嬉しくない。
欲しくない。
これじゃない。

心が、ずっとそう叫び続けていた。

ついに、自分はおかしくなってしまったのではないかと思った。
もう元には戻れないほど、深い底に落ちた感覚だった。

どん底で触れた「いるだけでいい」という言葉

限界を感じ、両親に電話をした。
「もう、これ以上頑張れない」と。

その時返ってきた言葉は、私の想像とはまったく違っていた。

「違うと感じたなら、それでいい。求めたものが違ったと分かっただけ。
傷つくことも、恥じることもいらない。本当の自分の気持ちに触れただけ。
それだけでいいんだよ」

そして最後に、
「あなたは、ただ“いるだけ”でいいんだから」

何を手に入れても満たされなかった理由

その瞬間、
心の奥に溜め込んでいたものが一気に溢れ出し、
声を上げて泣いた。

子どもの頃、我慢して飲み込んできた涙を、
今、まとめて流しているような感覚だった。

「良い子でいること」
「優等生でいること」
「何でも出来ること」

それだけが、自分の価値だと思っていた。
何もない自分は、愛される価値がない。

身につけられるものは、何でも集めた。

やりたいことも夢もないから、何でも1番を取ってみた。

だから、学歴、年収、資格、ステータス
これがあれば、
親は誇りに思ってくれる?
愛してくれる?
自分自身を、好きになれる?

そんな想いが、ずっと根底にあった。

けれど、すべてを手に入れても、
心は踊らないし本当の幸せなんて感じられなかった。

むしろ、心も体も「これじゃない」と訴え続けていた。

問われたのは「本当はどう生きたいか」

今年の初め、友人に聞かれた。

「他人の目も、年収も、何も気にしなくていいなら、何になりたい?」

私は答えた。
「カフェで働いたり、モデルをしたり、
絵本を描きながら、自分らしく生きてみたい」

その瞬間、ふと気づいた。
ああ、そうかもしれない、と。

一度すべてを終わらせ、自分に戻る

何も気にしなくていいなら、
もう一度、自分に戻ってみよう。
一度すべてを終わりにして、
やってみたいことをやってみよう。

そう思えた。

会社を辞め、故郷へ戻ることを決めた。
実家の敷地内には、祖母が遺してくれた平家がもう一軒ある。
これからは、実家と祖母の家の二拠点で暮らす予定だ。

「頭だけMIROSS」から、人生へ

心のどこかでは、薄々気づいていた。
自分は「頭だけMIROSS」をしていたのだと。

理論では分かっている。
言葉でも説明できる。
けれど、それは教習所の中でハンドルを握っているだけで、
本当の道路を走っていない感覚だった。

だから今回、
根こそぎ全てを揺さぶる体験がやってきたのだと思う。

「MIROSSをしているのに、なぜこんなことが起きるのか」
そう思う日もあった。

どこかで、
“誰かが世界を変えてくれる”
“時が来たら自然に変わる”
そんな期待をしていた。

けれど、世界は待っているだけでは変わらなかった。
自分が意志を持って、向かわなければならなかった。

誰もいない世界で問われ続けたこと

今回は、嫌な人もいない。
環境も悪くない。
ただ、自分しかいない世界の中で、
「君は本当は、何をして生きたいのか?」と
問われ続けているようだった。

それが、何より苦しかった。

居心地の良い世界からの脱出は辛かった。
けれどその分、
自分の全てに風穴が空いたような感覚がある。

身も心も軽くなり、
空が広く、風が吹き、穏やかな時間が流れる場所へ帰ろうと思う。

こんなにも、自分は愛されていたのだと気づいた。
誰も「優等生だから好き」なんて言っていなかったのに、
そう思い込んでいたのは、自分だけだった。

いるだけでいい。
そこにいるだけでいい。

お面を外し、次のステージへ

何を見ても、愛だった。
前を見ても、後ろを振り返っても、左右を見ても。
親も、友人も、上司も、
みんなが「いつでも戻っておいで」と居場所をくれていた。

ずっと、すぐそばにあったのに。
それだけが見えなくて、
必死に「居場所を作らなきゃ」と自分を追い込んでいた。

「何でも出来るから愛される僕」
このお面を外す体験は、
顔がなくなってしまうほどの痛みを伴った。

けれど、
両親、家族、友人、同僚や上司、
たくさんの優しさに支えられ、乗り越えることができた。

次のステップに進むのは、正直少し怖いし、ちょっと勇気がいる。
ドキドキして、足が震える。
それでも今は、自分の気持ちに素直でいたい。

12年前、大学進学を機に故郷を離れた。
そこから様々なものを身につけ、
一回りした今、すべてを昇華して、
まっさらな自分で、また故郷に戻る。

人生の次のステージへ。

あとがき(最後に添える文章)

この体験を通して分かったのは、
「何かにならなければ愛されない」という思い込みが、
どれほど深く、自分の人生を縛っていたかということでした。

私たちは知らず知らずのうちに、
評価される自分、役に立つ自分、誇れる自分を
“本当の自分”だと思い込んで生きています。

けれど、
何かを成し遂げなくても、何者かにならなくても、
ただ「ここにいる」だけで、すでに愛されている。

それに気づくまで、彼は遠回りをしてきたのかもしれません。
けれど、この遠回りがあったからこそ、
今、ようやく自分の足で人生を歩き始められたと感じています。

この体験は
「今のままでいいのだろうか」
「本当は、どう生きたいのだろうか」
そんな問いを、そっと自分に向けるきっかけになれば嬉しいです。

鏡に映る理想像ではなく、存在そのものとしての自分へ。

その道は、
特別な人だけに開かれているのではなく、誰の足元にも、静かに続いているのだと思います。

自分の違和感をごまかさず、 その声に責任を持つこと。

この体験が、 今の生き方に小さな疑問を抱えている人にとって、 自分自身へ問いを向け直すきっかけとなることを願っています。

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