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  3. 『涙の向こうに見えた光~生きづらさを超えて~』

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人生の中で、私たちは愛を感じ、時にはそれを失ったと感じることもあります。特に親子関係において、すれ違いや誤解、期待と現実のギャップから心の傷が生まれ生き辛さを感じることも少なくありません。しかし、愛は決して失われることはありません。このストーリーは、母と娘、父と娘の間に生まれた痛みと愛が、最終的にどのように再生し、受け継がれていったのかを描いています。傷ついた心を癒すには時間と理解が必要であり、過去の痛みを抱えながらも、未来に向かって新たな歩みを始めることができるのです。

Yさん  50代 女性 【兵庫県】

涙の向こうに、母を感じて

私が5歳の時、弟が生まれました。
それまで私だけに注がれていた家族の愛情が、突然奪われたように感じ、幼い私は戸惑い、さみしさを隠せなかったのです。
「お母さんに振り向いてほしい」
その思いから、保育園の遊具でわざと指を挟み、大怪我をしました。
駆けつけてくれた母の姿が、涙のにじむ視界の向こうに見えた時、とても嬉しかった。
けれど、車の中で運転する母の横顔を見た瞬間、胸が締めつけられました。
「迷惑をかけてしまった」と感じ、私はその日から自分の痛みがあるにも関わらず何も話しませんでした。

クリスマスに届いたオルガン、そしてピアノ教室。
母の願いで通い始めたレッスンは、「自信をつけてほしい」という愛からだったと、後になって知ったけれど当時の私は、自分の思いをうまく言葉にできず、「押しつけられている」と感じるほどでした。
そして9歳の時に妹が生まれました。
小さな命をそっと抱こうとした時、「まだ危ない」と制されて、また私は母に拒まれたような気がしました。実は妹には生まれつき足に問題があり、手術が必要だったと知るのは、もっと先のことでした。

母はいつも疲れていたました。
ある日、無理を押して私をピアノ教室へ送ろうとし、運転中に車がふらついて斜面に転げ落ちシートベルトをしていなかった私の体は、母の意識のない腕に押さえつけられ、身動きが取れなかったのです。何とか抜け出して助けを呼びに走ったあの時の恐怖は、今も胸に残っています。

幸い母に怪我はなく、父に背負われて帰る母と父の2人の背中を見た時、私は心の奥でひとつの決意をしました。
「もう、母の関心は私には向かない」その寂しさが、私の態度を変えて心を閉ざし、わざと冷たくふるまうようになりました。

本当は、「どうしたの?」って、聞いてほしかっただけなのに・・・。
やがて私は、「母のようにはなりたくない」と強く思うようになりました。

高校を卒業してすぐ実家を離れ、県外の会社に就職。
私の人生は、あのとき感じた“母との距離”から始まっていたのかもしれません。

結婚と離婚

県外のその地で出会った男性と私の妊娠をきっかけに、結婚することになりました。両親に報告すると、母は最初こそ戸惑いを見せ、「本当に大丈夫なの?」と不安を口にしましたが、最終的には受け入れてくれました。

一方で、夫となる人のご両親は私に冷たく、「結婚式なんてしなくていい」とまで言うような方たちでした。それでも、私の両親が挙式費用を負担してくれ、家族だけのささやかな結婚式を挙げることができたのです。しかし、義父母とは式当日まで顔を合わせることはなく、やっと会えた義母からは開口一番、心ない言葉を浴びせられ、私は深く傷つきました。

母は、そんな私の姿を見ながらも何も言わず、ただ黙って寄り添ってくれていました。嬉しそうに私を見つめる母の表情だけが、心に残っています。けれどその時の私は、母の想いに気づくこともできず、ただ心の中に深い影を落としていたのです。

その年、第一子となる女の子が誕生しました。その後、次女を妊娠し、姉妹が揃ったときには、人生で一番の幸せを感じていたのです。けれど、そんな幸せの裏で、夫との関係は少しずつすれ違っていきました。

私は悩みを母に打ち明けました。ほんの少し、「共感してほしい」「分かってほしい」だけでした。
ですが、母は、あの結婚式のことを持ち出しながら、夫やその家族への怒りを爆発させました。
私の気持ちよりも、あの日の屈辱の感情をぶつけることをして、義父母を巻き込み、話は大きくなり、やがて「離婚調停」へと発展してしまいました。

母のこと

離婚後の私は、まるで暗闇の中を手探りで歩いているようでした。
子どもたちのために地元へ戻り、

新たな生活を始めたものの、心はどこか晴れず、母への反発心だけが日に日に募っていきました。

子どもを預けたり、手を貸してもらっているのに、素直に「ありがとう」と言えない。 そんな自分にも嫌気がさしながら、それでも心は頑ななままでした。

「こんなふうになったのは母のせいだ」

 何かあるたび、心の中でそう決めつけ、感情を母にぶつける。 でもそれは、母を傷つける以上に、自分自身を傷つけていく日々でもありました。

何も変わらないまま、ただ時間だけが過ぎていったある日。

弟から一本の電話が入りました。
「母が亡くなった」
その知らせは、あまりに突然で、受け止めきれないものでした。

どれだけ願っても、もう母は目を覚まさない。

 そう分かっていながら、私の中にはどうしようもない怒りがこみ上げてきました。

「これは私への当てつけなの? こんな終わり方ってある?」

 そんなふうに思うことで、私は自分を守ろうとしていたのかもしれません。

泣くことすら許されない気がして、心を固く閉ざし、母を責めることも、許すこともできないまま、私は母の死を受け入れられずにいました。

遺品を受け取ることすら拒み、心の中で何かが音を立てて崩れていくようでした。

「私が母を追い詰めてしまった」

 そんな思いが胸の奥からあふれ出し、ただ、泣くしかない日々。

もっと早く気づいていれば・・・

 ちゃんと話すことができていれば・・・

 後悔だけが、押し寄せてくる。

そして私は、いつしか気づかぬうちに、

 「私は幸せになってはいけない」と思い込んでいたのです。

両親の理解と長女の変化

幼い頃の私は、いつもピリピリしている母の姿を見て、「もう私のことなんて、どうでもいいんだ」と思い込んでいました。 その思いはずっと大人になっても私の中に残り続け、母が亡くなってからも消えることはありませんでした。

母が亡くなってから20年近くが過ぎたある日。

 ふと、母が写真を撮るのが好きだったことを思い出し、 「もしかしたら、母の本当の想いが、そこにあるかもしれない」
 そんな気持ちに導かれるようにして、私は実家を訪ねました。
静かに迎えてくれた父に、アルバムを見せてもらったときに 一枚の写真が目に留まりました。

それは、父に高く抱き上げられて笑っている幼い私の姿。写真の中の父は無表情でしたが、その眼差しには、言葉にしなくても伝わってくる深い温かさがありました。

 「お父さんは、こんなにも私を愛してくれていたんだ」

そう気づいた瞬間、胸の奥で何年も凍りついていた何かが、静かに溶けていくのを感じたのです。

父への理解が深まると、自然と一緒に過ごす時間も増えていきました。
ある日、母の遺した着物のことを思い出し、家の中を探して見つけ出しました。
一枚一枚を広げ、袖を通してみる私を、父は庭から静かに見守っていました。
その時の私は、もう父の愛を疑っていませんでした。
だからこそ、安心してその時間を共有できたのです。
きっと父も、母と私の関係をずっと気がかりだったのでしょう。
それから少しずつ、父との会話の中に母の思い出が混じるようになり、
近くをドライブしたり、食事に出かけたりする時間も増えて、まるで父と私、そして亡き母の三人で過ごしているような気持でした。
少しずつ私の中でわだかまりが解けていきました。

実は、 母が亡くなってから、私の長女にとっては大きなショックだったのでしょう。その頃から口数も減り、こころを閉ざしていくようにもなり、お互いの心を通わせることが難しくなり、時折、まるで別人のように攻撃的な態度を取ることもありました。

働き始めても長続きせず挫折を繰り返す度に衝突が絶えず次第にエスカレートし、手の付けられない状況になっていきました。
娘の姿に、理由が分からず、
「離婚したせいだ!」と自分を責める一方で、亡くなった母への怒りを心の中でぶつける日々を過ごすこともありました。
そんな中で思考のテクノロジーに出会いました。

その学びの中で「娘の攻撃こそが、自分自身への攻撃だ」ということを理解したのです。

母が亡くなったあの日、私は悲しむことも出来ず、怒りで自分を支えていました。
その時期から長女もまた怒りを抱え始めたのです。
娘の怒りは私が押し込めた悲しみの表れでした。それを娘が表現して教えてくれていたのです。

心のわだかまりが溶けたことで、私自身の心にも穏やかさが戻ってきました。
そして、不思議なことに、私の変化と呼応するように、長女にも新たな変化が訪れたのです。
娘は大切に想ってくれる男性と出会い、愛され、やがて結婚が決まりました。

私と一緒に暮らせるよう配慮してくれた娘に、彼も快く応じてくれました。
さらに、新たな家を購入してくれたことで、経済的な安心と安定がもたらされました。

両親への理解を深め、自分の心を解放した先に、新しい家族の絆が結ばれたのです。

■あとがき

親子の間には、言葉にできない思いがあるものです。愛していても、伝わらないこともあり、時にはすれ違って深い傷を抱えることもあります。でも、その痛みや誤解は決して無駄ではありません。それらが私たちを成長させ、未来を守る力に変わります。
言葉では伝えきれない愛は、心で感じ取るものです。過去の傷を受け入れ、癒しを見つけることで、愛は新たに広がり、次の世代に受け継がれていきます。無理に求めなくても、愛はすでに私たちの中にあります。
このストーリーが、少しでもあなたの心に温かさを届けられたなら、それが一番の喜びです。

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