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  3. DVはなぜ起きるのか?

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《DVとは、暴力の問題だけなのでしょうか?》
その奥には、
「自分は価値がない」「愛されたい」「奪われたくない」
そんな幼い頃から抱え続けてきた劣等感や嫉妬が眠っていることがあります。
兄弟姉妹との比較。
「親から認められたかった思い」「 満たされなかった愛情」
癒されないまま残った傷は、大人になると夫婦や親子という最も近い関係で再び動き始めます。
今回の女性は、DVの被害者でした。
しかし、その体験を深く見つめたとき、加害者だった夫も自分も、同じ「劣等感」という傷で引き合っていたことがミロスシステムによって見えてきました。
これは、加害者と被害者という対立を超え、
「なぜ、その現象が起きたのか」をわかることによって、なぜ起きたのかを知る体験記です。

Rさん 60代 女性 【京都府】

ミロスに出合い、自分の体験談を話させて頂く機会に恵まれました。
そこで、話すテーマとして
「DVという実体験を超えるとは?」です。
そしてこの体験を伝えることで、被害者である自分と加害者である元夫という認識で見ていた関係が、ミロスシステムに当てはめて見ると、同質のものが引き合っている構図であると改めて理解できたのです。

「引っ張ってくれる人」と思って結婚した

自分の子ども時代に遡ってみたいと思います。

私は生まれつき両耳にハンディがあります。
そのため、聴覚に障がいを持つ子どもが通う難聴学級のある小学校・中学校で教育を受けました。

別れた元夫も聴覚にハンディを持つ人です。元夫とは、身体障害者の結婚相談所の紹介で出会いました。
「この人なら私のことを引っ張っていってくれる」と思い、子どもを授かったこともあり、結婚することになりました。

実は籍を入れた日、両家の家族と共に旅館に宿泊しました。その朝、役所での対応に不機嫌になった夫が、その怒りを私にぶつけてきました。
「ここの宿泊の代金は払っておけ!」と夫から言われ、
「なぜ全部私が払うの?」と思いましたが、あまりにも激しい口調だったため反論できず、「はい」と言って従いました。決して安くはない金額でしたが、私が支払いました。

その出来事以降、私は
「夫は怒ると怖い」
と認識し、反抗せずに 従うことに徹するようになったと記憶しています。

そのさなか、元夫は生後8か月の長男に身体的虐待をしました。
今思えば、彼は結婚前から私に満たされない思いを表現していました。

「お前に良くなってもらいたいから話すんだ」
と、深夜遅くまでくどくどと言い続けていました。私の態度が普段と変わらないように見えたためか、彼の気持ちが収まらないときには、その後に手が出ることもありました。

私の母は夫婦間の不穏な状況を察していたようで、
「いつでもいいから帰ってらっしゃい」と言っていました。
しかし私は、意地でも実家に戻りたくないという思いがあり、また実家に住んでいる妹にもどこか遠慮があったため、親のもとに帰る気持ちにはなれませんでした。

なぜ私は逃げられなかったのか

「なぜそのような状況でも逃げなかったのか?」ですが、
それは何より私自身が、
「私の努力が足りない。彼の理想の妻になりさえすればうまくいく。私が我慢すれば、離婚せずに乗り越えられるはず」と思っていたからです。

しかし次男が生まれた後も、長男と同じことが起きたため、私は別れる決心をしました。
夫と離婚してからは、夫から受けるようなDVは私の人生からなくなりました。

しかし年月が経ち、次男が衝動的な言動を示すことがあり、そのとき過去の夫のことがフラッシュバックしました。

なぜ私の目の前には、衝動的な言動を起こす夫や子どもが存在するのか。
それを深く知りたいと感じるようになりました。

夫と同じような大人になってほしくない。息子たちが受けたようなことを次の世代には体験してほしくない。その思いが強くありました。

私と同じような体験をしている女性は多いだろうと思います。そして夫から妻へのDVが子どもに向けば、さらに深刻な状況を生み出してしまいます。

DVの裏側にあった夫の傷

「なぜ元夫はDVをせざるを得なかったのか?」
それは
〇 私たちは、お互いが同じ傷で引き合っていた。
〇 私たち二人の共通点は「劣等感」だった。
ということがカリキュラムを受講したことで理解できた内容です。
ここで、私自身と、元夫の育ってきた背景をあらためて振り返ってみました。

【私の背景】
健常者の妹は社交的でした。常に妹と自分を比較しながら、
「自分はなぜ、こんな風に生まれてきてしまったのだろう」
という思いを抱き、強烈な劣等感を持っていました。

【夫の背景】
小学校4年生のとき、大きなアクシデントが起きました。放課後、校庭で遊んでいた際にドッジボールが耳に当たり、倒れて意識を失いました。その後意識は戻りましたが、かすかに残っていた聴力は失われ、ほぼ完全に耳が聞こえない状態になりました。

一人っ子で教育熱心な親に育てられた元夫は、その事故により聾学校へ転校するという挫折を経験しました。
さらに20歳のとき、両親が彼に黙って離婚しました。
彼は、自分が聴覚を失い学生時代に荒れてしまったことが、両親の不仲の原因になったと思ったのかもしれません。

自分の中にもあった嫉妬という傷

彼にとって理想の家族とは「両親が揃っていること」でした。だからこそ両親が離婚しないことが最優先であり、そのために彼なりに私たちの家庭を守ろうとしていたのだと思います。

しかし彼の中には
「自分もいつか離婚するのではないか」という恐怖がありました。
その恐怖が目の前の私によって刺激されると、「理想の家庭像から離れていく」と感じたのでしょう。

彼の中に眠る挫折という傷がうずく。
だからこそ、目の前の無力な私を消したいという衝動が起きる。それは過去の自分の無力さを消したい衝動でもあったのです。
そして、何の罪もない息子たちへの虐待は、私から元夫に向けられるはずの愛情を息子たちに奪われたという嫉妬心から起きていたのだと理解しました。
また私自身も、後から生まれた妹に良いところをすべて持っていかれたという嫉妬心を抱えて生きてきました。

被害者と加害者を分けていたのは誰だったのか

最近になって初めて、
「私は妹のことが大嫌いだった」
という思いが浮上しました。

妹には何の罪もないのに、私は無視という形で攻撃し、支配してきたのです。
私が妹に抱いていた感情と、元夫が息子たちに向けた衝動の根源は同じでした。
そして「私は夫に支配されていた」と思ってきましたが、そうではありませんでした。

私自身が「こうでなければならない」と自分を支配していたからこそ、支配的な夫と引き合っていたのです。
相手に従っていれば怒られずに済むと思っていましたが、従えば従うほど相手の支配欲を増幅させ、
「支配する側とされる側」という関係性を強化していたことを知りました。

真実を知ると、加害者も被害者も固定された存在ではないと感じます。
加害者と被害者が重なってしまう感覚です。
だからこそDVという深刻な課題は、いじめの問題と同じように「加害者が悪い」という見方だけでは解決に至らないのだと思います。

ハンディは欠けた人生ではなかった

初めて元夫の傷に触れることができ、今は一緒に体験してきた存在として見ることができるようになりました。
この理解により、私は自分自身を見る眼差しが変わりました。

「足りないものは何もなく、必要なものはすべて自分の中にある」
その真実を知り、私はこのハンディを一つの個性として生きていきたいと思います。

私は耳で聞く力は弱いですが、五感をフルに活用して心の声を感じ取る特性があります。
このハンディを自分で選んで生まれてきたという感覚を、改めて感じています。

被害者も加害者も生み出さないというテーマで出会った家族。
敵も味方もない同志という目でこれまでを見られるようになり、私の内面にはこれまでに体験したことのない静けさと強さが育まれています。

この体験は、これからのさらなる研究のための土台となりました。

DVや虐待、いじめやハラスメントは、「加害者をなくせば解決する問題」ではありません。
もちろん、暴力は決して許されるものではなく、被害者を守ることは何よりも優先されるべきです。
しかし、その一方で、なぜ人は最も大切な人を傷つけてしまうのか。その心の仕組みまで理解しなければ、同じ問題は形を変えながら次の世代へと受け継がれてしまいます。

彼女自身、夫を「加害者」、自分を「被害者」として見ていたときには、苦しみから抜け出すことはできませんでした。
けれども、お互いが「劣等感」という同じ傷を抱え、その傷が最も近い関係性の中で反応していたと理解したとき、初めて憎しみや恐れを超えて、出来事の本質を見ることができました。
人は誰もが、愛されたいという願いを持っています。

その願いが満たされず、劣等感や嫉妬として心に残るとき、それは時に支配となり、暴力となり、いじめや虐待となって現れることがあります。
だからこそ、私たちに必要なのは、人を裁くことだけではなく、人の内面で何が起きているのかを理解する視点ではないでしょうか。
加害者も被害者も生み出さない社会とは、傷ついた人をさらに責める社会ではなく、人間の意識の仕組みを理解し、誰もが自分自身を知ることのできる社会です。
自分の体験が、その未来へ向かう小さな一歩となることを願っています。

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