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(Hさん 30代男性 宮城県在住)

体を整えてもらう事は幸せなこと。
気持ちの良い事である一方で折角整えたのだから、“崩してはいけない”と維持することばかり考えていました。
体のバランスが崩れると何故?と問い詰めてもいました。
思考しているのは自分の体へのクレームばかりだった!
今まで自分の体に対して感謝も無く労いもなかったそうです。
自分の体が愛おしく、大好きになった彼。ともに歩んでいこうと感じたようです。


『身体をいたわる想い』

私は教師として、授業と柔道部の指導を日々行っている関係で、体への負担は結構あると勝手に思っております。
柔道部の指導も他競技と違い、実際に生徒と一緒に取り組みます。

会議の直後にすぐ着替えて生徒と真剣勝負をする、といったこともあります。

そんなこともあり、疲労がたまったり体を痛めたりするので、温泉や整体に定期的に行っております。
しかし、いつも終わった後なんとなくモヤモヤがありました。
すっきりした感じとモヤモヤが同時に存在している状態です。

この日も体を見てもらうために移動中にミロスの講演会のDVDを運転中に聴いていました。
すると、ジャッジの話のときに一瞬にして自分が“良い悪い”を判断していることが頭にザザザ~っと現れました。それは体のことです。
体を整えてもらうことは幸せなこと、気持ちのよいことである一方で、私はその直後から整えてもらった体の崩れをキープすること、維持することをいつも考えておりました。
崩してはいけない、気持ちよく生活できなくなる、しんどくなる、崩れることはいけないこと、できるだけ維持することが良いことと常々思っていたのでした。

そして、回復にお世話になっているお店がなくなったらどうしようという考えも存在していました。
また、体のバランスが崩れたことで、
『なぜ崩してしまったんだ』『体操不足だったか』など自分を問い詰めていました。
それはあまりに自然すぎて全く気が付きませんでした。

良い姿勢でいようとする考えから、さらに良い姿勢でいないといけない、と無意識に思っていて完全に傾いていました。
姿勢が崩れると『やってしまった』『気を付けないと!』といった感じで窮屈な生活でした。
回復後の好調がまさに不調のスタートという考えです。

一見簡単そうで、些細なことなのですが、私にとっては完全に見えない部分でした。
思えば15年ほどこのパターンで思考は繰り返しておりました。
まさにエゴがエゴに気づいた感じです。スッと力が抜け、解放されたような心地でした。

さらに思い返すと、体が疲れたら、『なんですぐに疲れるんだ』、『もうちょっともってくれ』『このコリはなんだ、回して伸ばせばいいのか、ブルンブルン』など体への要望が多く出ていたのが現状です。
まさに疲れが悪です。
『疲れは許さない、疲れは消すもの、疲れの理由はなんだ!?』
『いい状態を維持できない自分はやっぱり駄目だ、また行かないといけない』でした。
また、体の骨格・筋肉のことも同様に、筋肉をつけないと、脂肪を落とさないと、細すぎるな、など生活を振り返ると思考しているのは自分の体へのクレームばかりでした。
一言で言うと、『私は偉そうに自分の体を使っている』でした。
体との対話もなく使うときも癒やすときも一方通行の体への指示。
完全に上から目線の考えと扱いでした。

それが今回のことで、疲れた体に心の底から感謝を感じるようになり、治そうとする焦りもなく、この体を使えたことにありがたさをしみじみ感じるのです。
ここまで良く一緒にやってきてくれてありがとうという想い。
コリが出ても『おっ、どうしたの?大丈夫?よしよし、たくさん動いて無理してくれたね』といった感じです。
これまで自分の体に不足感を感じ、回復してはムチの繰り返し。本当にごめんなさい。
自分の体を『よしよし』しましょうと聞いてしたりはしましたが、またしっかり動いてもらうからなっていうのが前提のよしよしでした。

3年前、毎日は柔道ができない状態から毎日柔道ができる体になって嬉しかったのですが、今回は体に対して考えなど大きく変わりました。
これまでは完全に思考レベルで、頭だけ知識だけの理解でした。
『体への感謝が大切だ』『体への労りが大切だ』でしたが、細胞レベルで理解が始まったという感じです。
腑に落ちたような心の底からの理解というのでしょうか。

ふと思えば少し前くらいから体の変化に気づくことがありました。
今まで仕事や生活をすれば、両脚がむくんで張っていたのですが、それがなくなり脚が軽くなりました。
呼吸も浅い感じだったのですが、前より酸素がたくさん吸える回数が増えて気持ち良い感じで変化がありました。

今回のことがきっかけで、体だけではなくすべてにおいてこの古い思考(エゴ)であると感じました。
ミロスに対しても、仕事においても、人に対してもそうかなと振り返ることができました。
自分が思っている以上に表面的で、知識上の理解で、言葉レベルで、形式的で…。
結果を出すため、目的を達成するために、そのことだけを見て、考え発言し行動する。
薄っぺらいイメージといった感じでしょうか。落ち着きがなく、本来の自分のスタイルに向いていなくとも、その薄っぺらいプロセスを大切にしてしまう自分。
でもそれを選んでいる間は気づかないし一生懸命であるように感じている。

この経験の後にも怪我はありました。かかとを上げて歩かないと痛いくらいの打撲です。
しかし、これまでと出来事のとらえ方が明らかに変わっている自分を見ました。
治るまでのこの10日間とても落ち着いていて、『いつ治る?どこの病院?治し方は?』などの毎回あった怪我に対して焦りなどはありませんでした。
これまでの『あっそうなん』は無視に近いジャッジをした上での『あっそうなん』でしたが、今回は『ノージャッジのあっそうなん+優しさ』のような感じです。
体のことがきっかけで、受け入れるという感覚が大きく変わった気がします。すべての入り口と言ったらいいのでしょうか。
自分の体が愛おしく、大好きになった私。ともに歩んでいこうと感じた次第です。
これからもよろしくお願いいたします。


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