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講師インタビュー

子育ては、無限の可能性に 出合える奇跡

幼児期は、子どもの人格形成の基礎づくりをする大切な時期。
今も昔も母親たちは愛する我が子を思い、寝る間も惜しんで様々な努力をしている。その責任と負担の重さに、育児ノイローゼと呼ばれる精神状態に陥る母親も少なくない。子育ては大変だ。最近では、都会に限らずどの地域でも近所との関わりも薄く核家族がほとんど。仕事も家事もまじめにこなし、何でも完璧にできる女性ほど母親になると育児も一人で担う、いわゆるワンオペ育児になりがちになる…。こんなにイライラする子育てというものに、いったいどんな意味があるのだろう。

谷泰乃講師も、数々の育児書をバイブルに「理想の子育て」を目指して頑張っていた一人だ。しかし、優しくて寛大な親になろうとすればするほど、子どもたちのあるがままの姿を受け入れることができず、ジャッジの連続だったという。「私は子どものことを本当に愛しているのだろうか?」そんな疑問でいっぱいになった時、MIROSSはこれまでの概念を覆す全く新しい知性で、“子育てに隠された本当の意味”を教えてくれたという。

どうしてできないの!

幼稚園の頃からリーダー格で、小学校、中学校と学級委員、生徒会でも活躍していた谷講師にとって、同級生より劣って見える我が子の言動は、何よりも許せない出来事だったという。

思い通りに動かない子どもの言動についヒステリックになり、子どもにいつも言う言葉は「なんでこんなこともできないの?」「なんであの子よりできないの?」だったんです。特に長男には、常に怒りの矛先が向いていて長女はそんな私を見て、こうしたら怒られるのか… と冷静に観察していたようです(笑)

でも、ひどい母親ですよね。わかっているのにイライラが勝手にこみあげてきて仕方がない。そんな自分が嫌で落ち込んでいると、また子どもは私を怒らせるようなことをするんですよ、不思議とね。

本当は、こんなはずじゃなかった…。だって、私がずっと求めてきたのは、穏やかな愛ですから。すべてをありのまま認めてあげられる寛大な愛情たっぷりの子育てがしたくて、これまでありとあらゆるノウハウを誰よりも勉強してきたはずなのに、全くうまくいかなかった。

そう、ミロスを知る前の私は、典型的なイライラ子育ての罠にはまっていた一人でした。

私は、大学に入学したての18歳で運命のパートナーに出会いました。彼は、私よりすべての面で優れていて、何よりも父のように感情的ではない(笑) 付き合って4年目に一度お互いが忙しくなりすぎて離れ離れになったこともありましたが、ある日、彼から電話がきて、話していると「やっぱりこの人しかいない!」って。離れてみていかに彼が理想的な人なのかがわかったのです。それはまるで映画か何かの物語のような展開。私たちは、お付き合いを始めて8年目の春に結婚しました。

私が結婚する相手に一番求めていたのは、穏やかな毎日。私の父は毎日機嫌を取らなければいけないほど短気で、私の意見など聞いてくれたことのない存在だったので(笑)

新婚生活が始まりパートナーとの穏やかな毎日を体験してはじめて、「こんなに実家での暮らしが窮屈だったのか」と感動したほどです。やっと手に入れた穏やかな日々。

しかし、そんな私が子育てを始めると、事あるごとにイライラの連続! 本棚には、たくさんの育児書も並んでいるのに、全く役に立たない!穏やかな優しい母親になりたいのに、得体のしれない怒りがこみあげてきて仕方がないのです。

「私は自分の子どもを愛していないのだろうか?」

「あるがままってどうやって認めたらいいの?」

その感覚は今まで味わったことのない苦しみとして私に重くのしかかってきたのです。

明るく元気な泰乃ちゃん

小さい頃からいつも元気で明るい子、友達も多く活発な彼女は傍目には何不自由なく育った天真爛漫な子に見えていただろう。しかし…。

父は開業医、母も名門大学の出身で典型的な良妻賢母、家にはお手伝いさんもいて経済的には何の不自由もない家庭で私は育ちました。

成績優秀な姉と、スポーツ万能な兄がいて、5月生まれの私は、小さい頃から、とりあえずスポーツも勉強も、ほかの子よりもできていたので、先生からも高評価。いつも「クラスのリーダー的存在」という評価が嬉しくて「学級委員」や「生徒会」など率先してやり、その地位に優越感いっぱいで(笑)元気よく過ごしていました。

でも、ひとたび家に帰ると、どうやっても一番年下。何をしても家族に認められているという感覚がありません。一生懸命話しても「あ~、泰乃ちゃんは小さいから、はいはい」と、いつも話をきちんと聞いてもらえず、無意識に〝私は劣っているから頑張らないと愛されない〟と思い込んでしまったのでしょう。

勉強ができる姉や、スポーツができる兄にとにかく負けてはいけないと、いつも無意識に戦っていたのだと思います。だから心の中は、不足感でいっぱいでした。

自分で、分かっているんです、家族で度々海外旅行に行くほど経済的にも恵まれた環境なのに、両親へ感謝の思いなど全くなく、不平不満ばかり持ち続けている私。これではダメだと。

ですから、どうしてそんな気持ちになるの? と自分を責め続け、そんなことを考えていることすら誰にも相談できずニコニコ元気にごまかして生きていたんです。

元々、姉や兄が両親から怒られたり、褒められたりする姿を物心付いた時からずっと見て育ちましたから「優劣」「損得」が判断基準。我が子に対しても高学歴こそが将来に必要不可欠なものだと思い、学歴や成績に関するジャッジだけは、どうしても捨てきれない。

来る日も来る日も些細なことでピリピリして、そのエネルギーの矛先は愛する我が子へ。「なんでこんなにイライラするんだろう、この感情はどこから湧いてくるの? このままでは私、この子を虐待してしまうかもしれない…」

手あたり次第に育児書やHOW TO本を読みあさり、超プラス思考で物事を捉えて頑張り成功させる!当時の私は、これこそが幸せであり、豊かさだと思い込んでいました。と、いうか… それしか知らなかったんですよね。

私… このままの自分で良かったんだ

育児書やHOW TO本を読みあさり、頑張り続けた彼女だが、ミロスを知った瞬間に、すべての力が抜けてしまうほど衝撃を受けたという。

結婚し、お腹に子どもを授かった時、初めて〝この子は自分みたいになってはいけない〟なんとか姉のように優秀にしなくては! という思いを感じ、理想的な子育てをする、理想の親を目指して頑張りました。末っ子でいつも認めてもらえない私。今度こそ認めてもらわなきゃ! このままじゃだめ!!

でも、あれ? なぜ?? 子どもの頃から私は自分のこと大好きだったはずなのに・・ ・なぜ自分のようになったらいけないと思ってるんだろう・・・ まさかの発見です。

私はミロスに出合うまでは、自分の無意識に全く気づかず、頑張って生きてきました。自分が苦しんでいることさえ完全に無自覚なくらい。目の前に映る優劣で、常に比較の世界で「優」でありたいと願い、心から楽しめない。寛ぐことを知らない日々のなかには感謝も感じられず、心の中は葛藤だらけ。

ミロスに出合い、眼の前の事象をシステムで紐解いたとき、末っ子の私は無意識に姉や兄、母親に対しても勝手にコンプレックスを持ち、自分を卑下していたという〝頑張る私の裏側〟を知ったのです。

ですから、「自分に下した〝自己評価〟が目の前の子どもに映し出されていた!」 まるで鏡のように私が映っているだけだったんだと理解ができました。

名門大学出身の両親、成績優秀な姉、スポーツ万能な兄、その環境から無意識に「何かができないと愛されない」いう初期設定をしてしまった私。

本当は、何もできなくても生まれただけで愛される存在だったのに、できる自分は好きだけど、できない自分は許せない。常に自分が自分に「ダメ出し」をしていただけだったの?

人は皆、どんな私でも愛してほしい、あるがままを受け取ってほしいのです。その思いを今まで抑圧し頑張って生きるしかなかったのです。

子どもが見せてくれたのは、あるがままの自分の姿や、自分がやりたかったこと。両親に与えてもらう、目に見える物質やお金で、その欠乏感、不足感を補い、誤魔化して生きてきた偽物の自分が崩壊する瞬間でした。

根源はごまかせない

なぜ、これまで〝いつも、明るく楽しい泰乃ちゃん〟でなければいけなかったのか?彼女は、ミロスに出合いその根幹の秘密を知った。

「できない自分は愛されない」という思い込み。たったこれだけなんですよね。

ミロスのシステムにあてはめていくと、できる、できないは片側の行ったり来たりのトリックの世界だと解ります。そのトリックを知らず、私たち人間は、これまでいろんなことに対してあんなに全力で頑張ってきたのです。

もともと愛され、完璧な存在なのに、あれが足りない、これができないと、わざわざ欠けていると思い込んで、必要のないエネルギーを無駄に使って苦しんできたのです。

子どもの時に無意識に設定したそのナビゲーションは、予定通り私の人生に葛藤の連続を見せ続けていました。

あの日、「ハイハイ、泰乃ちゃんは小さいから…」と軽くあしらわれたあの瞬間、運命の誤作動が始まったのです。そして、知らず知らずのうちに場面を変え、人を変え、無意識に「私だってできるもん!」と表現しなくてはいけなかった…。

できない私では愛されない!?言い換えるとそれは、「できてもできなくても〝あるがままの私〟を愛して!」という心の叫びだったのです。そうか、目の前の子どもは「〝あるがままの私〟を愛して!」と叫んでいるあの日の私の姿だったのか…。

すべてのトリックが解ると、私は全身の力が抜けて「あっ、このままの自分で良かったんだ。頑張らなくてもずっと愛されてたんだ!!」と感じることができました。その瞬間、自分の子どもに対しても「居るだけでよかったんだ! 私も子どもを存在だけで愛してたんだ!」と、本当の〝あるがまま〟という意味を全身で体感することができたのです。

講師からのメッセージ

人間は、その埋まらない思いを、〝物質的なもの〟で埋めようとしたり、あの人より私の方が優れていると〝優越感〟で埋めようとしたりしても、元々どこも欠けていないのですから、それ自体が意味がなかったのです。

私は絶対に親になったら、「子どもがやりたいことをすべてやらせてあげよう」「物も、才能も、愛も、たくさん与えてあげよう」「優しくて寛大な親になろう」といつも思っていました。

皆さんは、いかがですか? 『親になったら子どもには絶対にしないでおこう』そう思っていたことを、なぜかしてしまう。そんな方は多いのではないでしょうか? 中には「私は本当にこの子を愛しているんだろうか?」と思い悩んでいる方もいらっしゃるでしょう。私だって「なんで子どもなんて産んだんだろう」と苦しくて、苦しくて、仕方がない時期がありました。

でも、ミロスに出合い、システムに一つひとつの感情をあてはめたとき、思いもよらない真実に出合えたのです。それは、育児書がずらりと並ぶ父の書斎を見たとき。父も私と同じように、理想の子育てに苦しんでいたのだ! と。父の苦悩と愛が自分と重なりはっきり解ったのです。これが、代々続く親が子を思うが故の苦悩。うまくいかないトリックの中で答えを探し続けた、これまでの生き方です。

私はいま、「全力で頑張る明るい泰乃ちゃん」でもなく「イライラしてヒステリックな泰乃ママ」でもなく、自分の存在のあるがまま、子育てを何の不安も心配もなく、リラックスして、寛いで、そして楽しんでいます。

私は、ミロスのシステムと子どもがいなければ、本当の意味で自分の存在を認めることは絶対にできなかったと思います。自分の知らない本当の自分を見せてくれる、子育てって本当に素晴らしいですよ。

今はパートナーと私をパパとママに選んでくれた我が子に感謝しかありません。この子たちがいなければ、私はミロスに出合うことも、本当の豊かさを知ることも決してできなかったのですから。

もう、育児書なんていらない(笑)ミロスのシステムがあれば、新しい知性を持って新しい時代の子育てができるのですから!


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