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講師インタビュー

本物のセレブライフを楽しもう!

「人生100年時代」は厚生労働省が提唱しているテーマだ。新しい時代を見据えた経済・社会のシステムを実現するために「人生100年時代構想会議」が設置されているという。しかし、国がどんなに制度を作り変えても、一向に変わらないのが人間の心の中に潜む“欠乏感”。長寿大国ニッポン。これから私たちはどのようにその欠乏感を埋めて行ったらよいのだろうか。

藤岡講師もかつてはその「欠乏感」に悩まされた一人だ。愛する夫と結婚し、3人の子どもにも恵まれ、さらに夫は上場企業のトップの地位に。人から羨ましがられるような理想的な家庭にありながら、彼女は、何をやっても満たされない何かを常に感じていた。満たされた、と思ったら襲いかかる虚無感。終わりのない葛藤の人生に、答えを手渡したのは、新次元思考テクノロジーミロスだった。はたしてその葛藤の正体とはいったいなんだったのだろう。

裕福な家庭から一転・・・

幼少期の頃の経験は、その人の人生を形成する上で大きな要因となる。それは状況というよりも、その時「親をどう見たか?」ということ。

私がまだ幼かった頃、自営業を営んでいた両親のお蔭で、私たち家族は世間に比べると、比較的豊かな暮らしをさせてもらっていました。3人姉妹の真ん中に生まれた私は、勉強もスポーツも優秀で、母によく褒められていたのを覚えています。

父はといえば、一度出張に行くと2~3ヶ月は家を空けていましたので、父が家にいる姿はほとんど記憶がありません。そんなバリバリ仕事をこなす父でしたが、私が中学校に上がる頃に病気になり、突然入院するようになったのです。すると、とたんに自営業にも影響が出始め、家計的にも苦しくなってきました。

わが家は徐々に生活費が切り詰められ、その生活費を補うために私もアルバイトをしなければならなくなり、友だちと遊ぶ自由な時間が奪われていきました。

そして入院から5年後、父は53歳の若さでこの世を去ったのです。私が18歳の時でした。

この頃になると家計の状態はますます悪化し、勉強へのやる気も自然と失せていきました。〝父という厳しい目〟が無くなったことを良いことに、学校もサボり始めると、成績は徐々に下がっていき…。裕福だった生活から一転、貧しい生活に。しかも、優等生から劣等生へ。「幸せにしてくれなかった…」私は、そんな想いを父に抱いていました。

今から思えば、ここから私の〝劣等感と優越感〟、行ったり来たりの人生が始まったように思います。まだ人生に、〝うまくいかないメカニズム〟が潜んでいるなんて知る由もなかった頃です。

就職、結婚、そして・・・

その後、高校を卒業した彼女は、地元の企業に就職し、OLとしての生活が始まりました。 そこで待っていたのは、なんと〝運命の人〟との出会いでした。

仕事にもようやく慣れ始め、同期入社の仲間たちと交流を深めるなか、私はある男性と出会うことになるのです。それは、優秀な学歴と華麗なる家柄、裕福な家庭に生まれ育ったという男性。私の劣等感をきれいに埋めてくれるような男性が現れたわけです!

人間的な部分も含め、彼は私にないものをすべて持っている存在でした。「この人となら、間違いなく私は幸せになれる!」彼の方も私に好意を寄せてくれていたようで、私たちの距離は一気に縮まり、交際がスタートしました。

彼は、思った通りの素敵な人でした。会うたび、話すたび、どんどんお互いが惹かれていくのが分かります。そして、入社してから5年が経った頃、私たちは晴れて結婚。長男、次男、長女と3人の子宝にも恵まれ、幸せな家庭を築いていきました。

姑との仲も良く、俗にいう〝嫁姑戦争〟とは全くの無縁、姑は私のことをとても可愛がってくれました。

舅と姑も、とても仲がよく、大企業の幹部であった舅を姑が支えるという素晴らしい女性でした。本当に何でもできて、非の打ち所がない姑からは、料理や人付き合いの仕方など、女性としての〝いろは〟を教えてもらいました。

「姑のような女性になりたい!」そう思うほど、私にとって姑は憧れの存在だったのです。

そんな憧れていた姑に、唯一言われてショックだった一言があります。それは私が子どもたちの教育に熱心だった頃の話です。優秀な大学を出ている主人の家系に対し、高卒である私。
「なんとしても子どもを優秀に育てたい!」という一心で、特に長男にはプロの家庭教師をつけるなどして、勉強のできる子にするため莫大な教育費を注ぎ込みました。

しかし、そんな私の思いとは裏腹に、思い通りにならない我が子・・・。そんな時何気なく姑の口から出てきたのが「子どもたちは京子さんに似たのねぇ」という言葉。

今思えば、なんの悪気もなく「いいじゃない天真爛漫で」という意味だったと思うのですが、当時負い目を感じていた私にとって、その言葉は「やはり私はこの家の嫁には相応しくなかったんだ」と強烈に感じてしまったのです。

その後、主人はどんどんと出世して行き、最終的には社長になりました。家族にも恵まれ、社会的な地位も、物質的な豊かさも手に入れることができた私。しかし、いつも心の奥には何かモヤモヤした思いが残っていたのです。

〝劣等感と優越感〟極から極へのスライドの終焉

「埋まった」と思っても、またまた顔を出す〝劣等感〟。どんなに表面で幸せなふりをしても、それは健康面に如実に現れるのでした。

実は私自身もそうだったのですが、次男が生まれた時から、アトピー性皮膚炎、小児喘息などのアレルギー症状があり、それを治したい一心で、自然療法や代替医療を求め続け、その結果たどり着いたのがあるサプリメントでした。

その効果は絶大で、あっという間に症状が治まり、自宅で開催していた手芸教室の大勢の生徒さんへと、面白いように広がっていきました。

お蔭で私は、メーカーから表彰されたり、高級車を頂いたり、サプリの愛用者からの数々の感謝の言葉を言われるようになったことで、劣等感は鳴りを潜め、私の優越感はピークに達していました。

しかし、それから15年ほど過ぎた頃、そのメーカーは世間から批判を浴びることとなり、「もっと、誉められたい、もっと喜んでもらいたい」と思っているのに、会社自体が危ぶまれるようになってきたのです。

「他にもっと良いものはないのかしら?」私は、その頃から、サプリメント管理士、アロマセラピー、カラーセラピーなどの資格を取っては、何とか優越感を維持しようとしていました。そんなある日、私はミロスと出合いセミナーへ行くことになったのです。

これまでいろんなセミナーに参加してきましたが、今まで聞いたことのない考えや、感じたことのない感覚に「何を言っているの?」という思いと同時に、ザワザワと胸騒ぎがするような、なんとも言えない不思議な感覚になったのを今でも覚えています。そこから誘われるがまま、セミナーやカリキュラムを受講した私は、まさかの事実を知ることになるのです!

本当の幸せって?

「私は幸せだ」そう思い続けてきた彼女だったが、虚構の幸せを捨て、ようやく真実の幸せを手にする時が来た。それは思ってもみない出来事に導かれたストーリーでした。

ミロスに出合い、システムを学び、私は、自分の人生のパターンを知っていきました。それはまるで薄皮を少しずつ剥がしていくかのように、徐々に〝真実〟というものが顕になっていくのでした。

そんなある日、長男の結婚話が浮上したのです。しかし、おめでたい報告もつかの間、相手の素性を聞いた途端、私の表情は一瞬にして曇り始めました。

なんと、相手の女性は離婚歴のある、子持ちで年上の女性だというのです。しかし私はその曇った表情を瞬時にかき消すように、表面的に良い母を演じ「何も問題ではない」と、寛大な母親を演じたのです。

しかし、内側にあるものは「なぜそんな女性を選んだの?」といった沸々とした想い…。

私はその感情をカウンセリングの時間に吐露しました。講師から「何を感じるか?」と問われたのですが、「息子が幸せならそれで良い…」私はどこか釈然としないなか、そんな言葉を発していました。するとそこから、私たちが結婚した当時のことが蘇ってきたのです。

家柄の良い主人と、そうでない私との結婚に対し、実はどこか私自身も不釣り合いのようにも感じていました。当時主人は、そんな私の気持ちを推し量って「君じゃないとダメなんだ!」と言ってくれ、また姑に至っては「私が、家族・親戚全員を説得するから、安心してお嫁に来なさい」と言ってくれたのを思い出したのです。

私は主人からすれば〝条件の悪い女〟だったかもしれないのに、「君がいいんだ!」と言ってくれた…。その主人の想いと、息子の想いとがピッタリと一致したのです。

私は息子の報告を聞いた時〝条件〟という言葉が頭をよぎったのですが、息子は純粋に彼女を愛している、ただそれだけ! そして、私も主人からこんな風に愛されていたんだ! と、初めて主人の純粋な愛を受け入れられた瞬間でした。

私はカウンセリングが終わるとすぐに息子に喜びの電話をしたのは言うまでもありません。

息子の彼女は、あの時の私。そう一致したことで、条件も吹っ飛び、彼女への愛おしさも深まる一方です。きっとミロスがなければ、こんな感覚には絶対になっていなかったでしょう。

生まれて初めて自分を認めることができた!

人間は自分自身を認めることができない。常に良い悪いとジャッジをしている人間にとって、ネガティブな自分を認めることは、〝新しい視点〟がなければ不可能だった。

こうして私はミロスシステムによって、自分自身の〝人生のパターン〟を俯瞰することができました。実は「私にはない」と思って抱いてしまった欠乏感は、最初から存在しなかったのです。なのに、それを相手が埋めてくれると信じて求め続けていた、そんな人生でした。

そして、その求め続ける旅は〝人生のパターン〟に気づかない限り、絶対に終わることはないのです。私は、そのことにようやく気づくことができ、生まれて初めて〝劣等感〟も〝優越感〟も超越した「この私で良かった! 私はパーフェクトな存在なんだ!」という感覚になり、自分自身にOKを出せたのでした。

もちろん、その後長男は無事結婚。そこから、次男、長女も立て続けに結婚する運びとなり今では、7人の孫を持つ、幸せなおばあちゃんです。

夫との関係性も大きく変わりました。「何もないことが幸せ」と思い込んでいた私は、波風立てない関係性を良しとしていたのです。十分な生活費を与えてくれて、自宅では趣味の手芸教室の講師もさせてもらい、生徒さんに囲まれ、車まで与えてもらい、セレブな妻を満喫していました。

夫の会社での役職が上がり、出張や転勤になっても「亭主元気で留守が良い」という感覚そのもので、主人が帰ってくる週末は〝良い妻〟を演じるため、気を遣う時間でしかありませんでした。

しかし、今ではどうでしょう! 昨年定年退職した主人と、食事、買い物、ドライブ…、24時間どこに行くにも一緒! 二人でいる空間に寛いでいる私がいます。「本当にこの人がパートナーで良かった!」唯一無二のパートナーに出会えた喜びでいっぱい。豊かなセカンドライフを満喫しています。

講師からのメッセージ

私は今、この〝真実の幸せ〟を手に入れたことの喜びを、一人でも多くの人に伝えたいと、ミロスアカデミーの講師として全国を回らせていただいております。

かつては、友達とランチに行ったり、お買い物をしたり、仕事に精を出したり… スケジュール帳を真っ黒にすることが私の生き甲斐でしたが、目の前に楽しさを求める行為は、自分の中にある虚無感、欠乏感からきていることを知りました。

私のように、たとえ物質的、経済的に恵まれていても「これで良いのだろうか?」と、どこか心に虚無感のようなものを抱えている方は多いのではないでしょうか?

私はそんな方々に、私自身の体験をとおして「劣等感と優越感。マイナスをバネにプラスを追い求めることには意味がない。新次元思考テクノロジーで、その両極を超えた生き方がここにある!」という事をお伝えしています。

近頃は、「セカンドライフ」のミロスラボラトリー研究員としても活動しており、「人生100年時代」と言われているこの時代、身も心も元気に、豊かなセカンドライフを生きていくためには、〝真実の豊かさ〟を知ることが不可欠である、ということもお伝えしているのです。

さあ皆さんも、ミロスシステムで 〝真実の幸せ〟を手にしてみませんか!


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