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mystory

“死、そして生きる”

(I・Aさん 60代女性 岡山県在住)

壊れた車、砕け散ったクラッチは、ボロボロになるまで誰かのため、何かのために頑張り続けてきた私たち夫婦の姿。
夫が癌になり「居てくれるだけでよかった」と思えた時、母親のために生きてきた人生が終わり、初めて本当に生き始めることができました。


『死、そして生きる』

子を産み育て外敵から守る母と言う存在は、私にとってオールマイティーで偉大な存在でした。
しかし一方で、子を我が物とし、絞め殺し飲み込んでしまおうとする母性に対して、私はずっといら立ちを募らせていました。

90歳になろうとしている母は、私を独占し、味方にしようとするあまり、親類縁者と仲良くすることは親への裏切りであると私に思い込ませてきました。
認知症が進めば進むほどその傾向はさらに強まり、母親にとっての理想の娘であろうとした結果、私は、知らず知らずの間に親類から距離をとり、母と共に暮らす兄夫婦とは特にぎこちない関係に成って行きました。

内心は母への反発心、抵抗感でいっぱいなのに、義務感だけで毎月岡山県から母の居る栃木県へ通い続けた結果、腱板断裂を患い、腕を使えない状態になってしまいました。
それからは、夫が私を庇い、栃木県に付き添ってくれるようになりました。

一緒に栃木に行くようになり、母が私を自分の所有物のようにあつかう側面を見る度に、夫は怒りを蓄え続けました。
そして、ついにキレたのです。
レストランでの食事中、母への苛立ちを抑えきれなくなった夫が、母の目の前のテーブルを壊さんばかりの勢いで平手で叩きました。

何が起きたのかわからず、驚きのあまり視点が定まらない母。
無表情で黙り込む夫。
息をのんでこちらを見つめる周囲の視線。
私は頭が真っ白になり、じわじわと涙だけが出てきました。

この出来事が、私が今まで見ようとしてこなかった無意識と向かい合うきっかけになりました。
ミロスの実践をしてきたようで、実はしてこなかった私達は、この出来事に多くのことを感じながらも言葉に出来ず、栃木県から帰ってきました。
休む間もなく、車で広島のセミナーへ出かけたのですが、会場は目と鼻の先というところで、車が動かなくなりました。

マニアル車のクラッチ板が、擦り減り、ボロボロになって砕け散っていました。
2つのクラッチ板は合わさって回転する仕組みです。
このアクシデントが夫と私の関係を物語っていました。
止まって動かない私たちの車を多くの車がよけながら流れて行くのをぼんやりと眺めているうちに、車と私達がぴったりと重なりました。

よくここまで走って来たね。
身も心も擦り減らして来たんだね。

2人共、外にばかり気をとられて、疲れきってボロボロなのに、壊れて止まるまで気付けずにいたのです。

人生を振り返ると、母の為に生きなければという思い込みが色濃く浮き彫りになりました。
夫と仲良くすることさえも母への裏切りだと思い込み、私は夫に従うことを拒み、夫婦間の勢力争いには拍車をかけてきました。
私がずっと母の操り人形だったこと、自分など微塵もなかったことがハッキリ見えてきました。
母親の言いなりになり、母親の幸せのためだけに生きる私に、夫は耐え難い思いを抱えていたはずです。
自身の母親との関係性もそこに重ねながら、怒りを限界まで充満させていたのです。

そしてとうとう、怒りは爆発しました。

これは夫自身の怒りでもあり、私の母に対する怒りでもあり、自分を理不尽に扱い続けてきた自分に対する怒りでもありました。

この怒りの根源は、愛された事がないという欠乏感でした。
自分を見失った私は、自分を大切にすることや自分を愛することなど全く分からず、周りから愛されること、認められることを求め続けてきました。

母を通して、先祖から繰り返されてきたパターンも見えました。
世界中を敵にしてでも私だけを見てという独占欲。
そして、この独占欲の裏にある、自分を二の次にする自己犠牲。
これが親の理想とする親孝行な娘でなければならないという生き方を作り出していたのです。

無意識を深く知っていくための出来事は、さらに続いていきました。

毎月出掛けている糖尿病の検診から、夫がなかなか帰ってきません。
やっと帰ってきた夫に
「今日は時間がかかったのね」
と聞くと、夫は淡々とした口調でこう答えました。
「ウン、今月はCTを撮ったんだ。膵臓に異変があって、膵臓癌かもしれないって」。
それを聞いた私も、何でもないようなそぶりで
「あら、そうなの」
と返事をしました。
いつもこうして何でもないように、感じないようにしてきた私達。
極へ行く体験が来ても可もなく不可もなくプラス思考で誤魔化してきました。
でも!この状況で『あら、そうなの』って、何なの?!おかしくない??
もうひとりの自分がそう言いました。
本当はどうなの?何を感じているの?
そう自分に問いかけました。

癌かもって、死? 
離れる、置いて行かれる、一人ぼっち
そんなのずるい! 私が先よ! 
でも、優しくされる、親類に意地悪されない…。
支離滅裂な思いが頭をよぎります。
混乱しながら、居て当たり前だった夫が、実は大切な存在だったことに気づいてしまった私がいました。

それでもなお、夫を大切だと思ったり必要だと思うことが悔しくて、意地でも認めようとしない自分がいるのも感じます。
思えば人生のほとんどを、こんな風に素直さを忘れて意地を張ることで無駄遣いをして来たのかもしれません。
健康で居て当たり前の夫には何の価値も見いだせず、イライラしか感じませんでした。
しかし、失うかもしれないと思った時、今まで守ってくれたことや助けてくれたことばかりが思い出されました。
居てくれるだけで良かった。
初めて、自分の気持ちを素直に認めることができました。

その気持ちのまま、夫に問いかけました。
「癌かも知れないと言われて、どう思っているの?」
すると夫はリラックスした様子で
「僕は何をやっても、何を言っても否定されるし嫌われる。
昔ね、子供たちが一人前になったら生きていなくていいんだと、思っていたことを思い出したんだ。
だから膵臓癌かも知れないと思った時、あ~、やっと解放されるって思った。
人の顔色を伺ったり、あらゆる心配をしなくていいんだと思ったら、ふ~っと楽~になっていったんだよ」
と言いました。

夫の話を聞きながら、私も同時に解放された気分になり、楽になっていました。

そうか、私はこんなに他人の顔色ばかりうかがって苦しんでいたんだ。
明日という未来があるから、経済・人間関係・病気の不安と恐怖で苦しかった。
明日が無ければ、何かと比較して戦ったり、気に入られようと努力したり、認められるために頑張らなくていいんだ。
もう生きようとしなくていいんだ。

この時、今まで生きていなかった自分が、はじめて生きはじめました。
違和感だらけだったのパートナーは、感謝の存在に変わっていました。
同時に、母への忠義心から解放され、カプセルが開いて、
「どうぞ、出てください」
と言われたような気分になりました。

もう、何があっても大丈夫という思いで検査結果を聞きに病院へ向かいました。
結果は
「造影CTの結果、膵臓に腫瘤があり、悪性の可能性が極めて高い」
とのことでした。

これから、検査や治療が始まり、場合によっては手術もあるかもしれません。
しかし、命にかかわる病気と言う体験でさえ、気付かず、見逃していることを見せてくれる愛だと、今は感じることができます。
体験を拒むこともなければ、見ないでおこうと逃げる必要はなく、委ね、通り過ぎるのを見ているだけ。

すぐに取り乱し、動転してしまう私が、このように冷静で居られることが不思議でなりません。
ミロスシステムに合い、この体験を通して、やっと本当の自分を生きられることに、心から感謝しています。


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