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不安のない子育て~お互いの価値観をみる~

□Sさん 30代 女性 【愛知県】  

子供のことで夫婦が対立することはよくあることですが、その事で子供がどれほど困惑するか考えたことはあるでしょうか。親から子へ代々連鎖してきた心の葛藤や拘りから生まれた育児を、”子どもの不安な状態”から理解し、苦しい子育てから解放された母親の体験です。


『不安のない子育て~お互いの価値観をみる~』

2016年2月25日、初めての出産を経験しました。妊娠中はとても穏やかで、出産は喜びに満ち溢れ、子供に会えた喜びと子育ても楽しみでした。しかし、子どもが生後4ヶ月の頃に育ての親であった大好きな祖母が突然亡くなり、私はバランスを崩しました。祖母と母は、過去に義妹がらみの金銭トラブルから険悪の仲にあり、亡くなる時も亡くなった後も、父と母はその一件を引きずり揉めました。

私は子供が1歳で義母に子供を預けて仕事に出る選択をしていましたが、母達のようになりたくなかった事を強く覚えています。子供が生後10ヵ月の時です。突然、全身に湿疹が出ました。薬を何度塗っても出てくる湿疹。私の姉は管理栄養士で、離乳食の献立例など制作していたので、頻繁に連絡をして気をつけて離乳食を与えていたので、何故このような事になったのか、わかりませんでした。

病院も転々とし『アトピーですね』と言われましたが、検査結果ではアトピーの数値は基準値以下でした。

そんな中、私は仕事復帰をします。義母との関係性も良好、何も問題ないと思っていましたが、ある日、母と祖母と同じように、義妹がらみで強烈な抵抗感を義母に抱いたのです。受け止めることも感じることも許せず、“怒り”として出す自分も許せず、ミロスシステムのことも頭から離れて、すべての感情を遮断しました。

すると、今度は私に湿疹が出ます。酷い時は全身に出て薬も効きませんでした。“味覚障害”も始まり、食事を取れば頭痛と吐き気で動けなくなることもありました。しかし、病院でいくら検査をしてもどこにも異常なく、フードアレルギーではないか?と判断されサプリメントで一時回復するものの顔の湿疹は最後まで残りました。

そして、生後1歳半頃から子供の個性が目立つようになります。気がかりだった事は、どんなに話しかけても、聞こえているのに言葉が出ないことでした。最初は『そのうち話すようになるだろう』と思いながらも、月齢が進むごとに“不安”が押し寄せます。自分の何がいけないのか?と自分を責めるようにもなり、食事、子供との関わりなど神経質になり、周りからの情報にもどんどん振り回されていき、“不眠”にもなりました。その上、子供のケガ、隣人トラブル、車関係トラブル、郵便物の紛失など様々なトラブルが続きました。

“なぜ、こんなことが起きたのか?”

我が子に対して、自分が美容師という職業柄、薬品アレルギーがあったので、美味しい食事を意識するよりも、アレルギーにならない食事に過剰に意識したことが、逆にアレルギーをつくり出し子供に湿疹を招いたと言うことは分かりました。

そして、食事のせいだと思い込み、更に神経質になり、子供が欲しがるものを食べさせながらも心は葛藤だらけ。自分にアレルギー湿疹が出てからは、更に『食べたいものより栄養!』と自分の気持ちは後回しにして、一番大切にしないといけなかった子供の気持ちにも無神経になりすぎて、子供の事など何も見ていなかったのです。

私の父は学歴コンプレックスから勉強にうるさく、母は元実業団のソフトボール選手で、私はスポーツと学業のレールを引かれ、『自分の気持ちなど両親にわかってもらえない!』とストレスで摂食障害を引き起こし自殺未遂し高校中退をしています。

そして、パートナーの両親は一見幸せな家庭でみんな仲良く喧嘩もありません。しかし、パートナーは1歳になる頃から髪をむしる癖があり、保育園に入園してからは、むしってハゲをつくるほどだったそうです。義母は病院に連れていきましたが『ただの癖ですね』と言われ鵜呑みにしておしまい。保育園の頃は集団行動が苦手でどこかに行ってしまう子供だったらしいですが、その後はどちらか言えば大人しく、みんなに合わせて動ける子で、自分達の育て方が良かったから反抗期がなかったと思っていました。まさか息子にストレスがあるとは思ってなくて、本人もストレスって何?と、感情すらわからない状態でした。

子どものストレスにも気づかないパートナーの一家に感じた強烈な「無神経さと鈍感さ」に対してジャッジがありました。自分の中にある鈍感さを嫌い、他者にたいして敏感に神経質に傾いた結果、自分のことに鈍感で無神経になり、病気をつくり上げたということでした。

私たち夫婦は両親に誉められることに愛される“優越感”を感じ、迷惑をかける事には“劣等感”を感じ、自分をわかってもらえなくてストレスを感じて爆発した私と、親に合わせて反抗期もなくストレスさえ感じなくなったパートナーでした。お互い人の顔色を伺って生きてきた者同士です。

パートナーは周りと比べて言葉を話さないことや、歩けるのに歩かないことを子供が泣いて訴えるのにも関わらず、自分の意見を頑固なほど曲げず、時には怪我をさせてしまうほど厳しく接していました。私は子供は怒らずに意志を尊重して求めることは何でもやらせてきましたが、どうしても話せない事だけが気がかりで、親の義務感、正義感を感じて、どんなに自分が疲れていても色々な所に子供を遊びに連れていきました。

しかし、四六時中『明日は話してくれるだろうか?ママと呼んでくれるだろうか?話せないままだとしたら・・・将来生きていけるのか?私の何がいけないんだろう?』と、自問自答ばかりで、子育てに喜びを感じられませんでした。子供の発達が個性とは理解はできても、一般基準から外れている事に心は“不安”を覚え、我が子を無意識に軌道修正しようともしていました。そんな私達の事を子供は察知したのでしょう。

原因不明の湿疹は『パパ、ママ、僕の事をちゃんと見て!!楽しく遊ぼう!』という訴えにきこえたのです。

子供は色々なサインをくれていたのに見ないようにしていたと、今なら振り替えることができます。

そして、子供の湿疹は、私が爆発したり、パートナーが毛をむしって、必死に両親に訴えていた姿そのものと一致しました。感じた時は胸が痛くて衝撃的でした。

パートナーの母は優しい人で、私と同じように産後に顔に湿疹がでていましたし病気ばかりでした。

過去の経験から自分が罪悪感を感じないように、理想をかかげて、家庭と子供に過保護になり、彼の父は自分が正しいと思ったことしか見えなくなると人の意見に耳も傾けない頑固な人で、両者とも世間体を気にする人でした。

また、私の父親も同じように意見を曲げない頑固者で、母は罪悪感を感じないようにソフトボールで発散し、子供の気持ちには放任的に生きてきた人で、両者とも世間体を気にしてきた人です。

罪悪感も結局は何も問題ないところに『これは良い、これは悪い』と人の顔色を伺い、認められているか?愛されているか?と自分で勝手に自分を裁き、判断して、自分自身と戦うから生まれるものであり、自分のすべてを愛していたら罪悪感など生まれませんし、自分を自分で愛せたら、世間体など何も気にならないハズ。

「鈍感と敏感」「神経質と無神経」「優越感と劣等感」「過保護と放任」自分が自分に対して勝手に判断して右往左往しました。良かれと思い無意識に頑張っていたことなど、今までこんなことを両親から受け継いできたのかと拍子抜けでした。パターンもはっきりとわかり、システムを知らなかったから苦しかった気持ちもわかり、両家の両親の姿は、私たちにそのまま遺伝していることを体験しました。

私たちの子供は今年2月25日で3歳になりました。言葉はお気に入りアニメの一言と、数字とABCソングのみ。かなりマイペースで、よく笑い、感受性が強く、意志が強くて、自分の好きなことしかできない子供です。ですがこれも、私たち夫婦がやりたかったことをやってくれていると感じることができました。

この子を温かく見守り思いっきり現在を楽しみます。そして、現在とは本当に何もない、でもすべてがある、心が穏やかな感覚。心の底からすべての事に感謝が湧き、幸せを感じ、愛とはこのことだと分かりました。

ミロスのシステムに感謝です。

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